硬式野球

【硬式野球】法政大学野球部創部100周年記念式典/祝賀会


2016年1月16日(
グランドプリンスホテル新高輪

会場の荘厳な雰囲気が、100年の歴史の偉大さを物語る。「HOSEI」を胸に刻み、44回のリーグ優勝、8回の日本一を達成するなど華々しい成績を残したOBなど約1100名が一堂に会し、祝賀会や懇親会が催された。
またスポーツ法政では、式典参加者の中から、主催者の五明公男氏など代表して6名の方にお話を伺った。

zadankai
プロ野球界でも名をはせた5名による座談会

 概要

法政大学野球部創部100周年記念式典/祝賀会が1月16日、グランドプリンスホテル新高輪で催された。会場には主催者の五明公男氏をはじめ、田中優子総長や現役の野球部員、また法大野球部の歴史を紡いできたOBなど約1100人を超える関係者が出席。記念式典では特別功労賞・功労賞の表彰式や、「法政野球部の歴史を語り継ぐ」トークショーが行われた。「プレイボール!」の掛け声で幕を開けた祝賀会は山本浩二氏、田淵幸一氏らによる対談、応援団によるパフォーマンスなどで大いに盛り上がった。歓談の場の最後には来場者全員で校歌を斉唱。野球部の更なる繁栄を誓った。 (伊藤華子)

 

式典参加者コメント

五明公男 氏

—法政大学野球部100周年の節目を終えましたが、今の心境は
一つは無事に終わったことと、記念式典を晴天で行うことができたことが良かった。式典参加者も約1100名の方に来ていただくことができました。私の一番の心配としては、みなさんに喜んでいただけたかということでした。配慮の足りない面がありながらも、多くの方に良かったと言ってもらえたので、式典をやった甲斐があったなと思います。

—法政野球部の歴史で印象に残っている試合は
自分自身は、大学時代に立教と優勝争いをしたことかな。おそらく1年生だったと思うので、先発では出場していなかったと思うけれど、あの優勝決定戦に勝利して優勝した時が印象に残っています。それから、監督最後の年の4連覇を明治戦で決めた時、江川が47勝を記録した時は印象に残っています。

—五明氏にとっての法政野球部とは
野球を通して人間を形成していく場が、法政野球部だと思います。スポーツを通じた人格形成ということですね。もちろん学問的知識は、大学の授業や勉強を通して学ばなければならないものだけど、人をつくるという意味ではスポーツが大きな意味を持ってくると思います。それは野球だけに言えることではなくて、スポーツという全てが小さくも大きくも死というものと繋がっていて、それこそ野球であれば死球という言葉もあるわけですよね。スポーツは常に危険と隣り合わせで、死というものがどこかに存在しています。その死を乗り越えることにスポーツの真剣さがあると思うのです。だから、真剣さを欠いてしまったら、それはスポーツマンではないと私は思いますね。たとえ、どんなに消耗の少ないスポーツでもけがはついてくるものだから、真剣さが一番重要だと思います。そういったことを包括して、法政野球部は人間形成という前提のもとに、真剣さを学ぶ場所であると思いますね。

—これからの法政野球部のあるべき姿とは
優勝回数を早稲田に抜かれてしまったので、少しでも早く抜き返し、強い法政大学が復活することですね。それから、強いだけではなくて、品格のある法政野球部、明るくて、誰からも好まれる法政大学野球部をこれからは築いていってもらいたいです。それこそ学生から、先生から、地元から、お父さんやお母さんから、全ての人から愛される個人であり、チームであってほしい。

—全国各地で法政野球部を応援してくれている方々に伝えたいことはありますか
今まで法政大学野球部がここまで来ることができたのは、強い時も弱い時も応援してくれる校友がたくさんいたからだと思っています。これからの100年も強い時もあれば、弱い時もあると思うけれど、これからもずっとぜひ野球部を応援してほしいです。ただ、野球部を応援してほしいけれど、その野球部が応援されるに値する人間性豊かな学生でないと応援してもらえないと思うので、そこは我々の立場の者が勉強していきます。人数も多いですし、不安なこともありますが、どんな時でも、皆さんには法政大学を愛してほしいなと思います。

 

 田淵幸一 氏

—本日の式典を迎えて  
100周年っていうのは、やっぱり長い間支えてきた先輩達のおかげであって、こういうのは1人ではできるものではないです。自分も4年間、多少の功績をしてきたけど、法政大学の偉大さと言いますか六大学の中で歴史を作って、このに入って良かったなと思います。 私の70年の人生の中で今思うと、法政大学に入って友人もでき、いい先輩にも出会い、プロ野球で活躍もできましたし、そんな点で法政大学を誇りに思っています。

—式典にははたくさんのOBが集まりました
久々に先輩後輩の皆さんと昔話をしました。一緒にやってる人は特にね。合宿所での苦しかった事とか思い出話を語っているけど、私は松永玲一さんという師匠がいたからこそ、今日があると思いますね。だから、僕はどんな世界にいても恩師、師という人を見つけること、いい出会いがあったからこそ今の人生があると思います。大学に入ったときは松永さんとは一緒に入りましたけど、その前の法政一高のときにも松永さんと一緒にやってました。つまり7年間も一緒にやってるわけです。そういう意味では、いい出会いがあったなと。大変厳しい人で、自分に厳しく人にも厳しい人でした。 私達が法政大学で何をまず学んだかと言ったらやっぱり挨拶です。挨拶できないやつはこれからの人生絶対だめ。どんな目上の人であろうが、下の人であろうが、自然に会釈ができることを我々は最初に教わった。だから今日こうやってやれるのも、そのおかげだと思いますよ。技術は二の次。人間と人間の接するチームワークだな。そういうものを大学で教わりました。

—大学時代を振り返って
1年生でベンチ入ったのは私だけでした。理由の一つとしては松永さんが高校の時の監督だから、ベンチに入れたという声がものすごく多かったんですよ。それに俺が反発して、1年生からキャッチャーやって結果を出さなあかんと。結果を出したら先輩は何も言えないだろうと。それで1年の春に大事な慶応戦で起死回生の同点ホームランを8回に打ったんですよ。その後、延長戦で勝った。それでその次も勝って優勝しました。そういう意味じゃいい思い出になりましたね。だけど、長嶋(茂雄氏、立大)さんの8本というね、記録も追いかけてまぁいつの間にか22本打っちゃったけど。長嶋さんという偉大な先輩がいたからこそ、その目標に向かって六大学で頑張ってきました。まあ4年間はあっという間に過ぎたけどね。プロに入るステップになったけど、何回も言うけど法政で良かった。

—プロ野球では「ホームランアーチスト」と呼ばれ、たくさんのホームランを打ちました。その打撃は大学時代にできあがったものですか
どっちかというと高校の方ですね。高校3年のときに合宿所で風邪を引いて、2日ぐらい練習を休みました。その次の日に出て、バッティングをしたら、上手く力が抜けてものすごくボールが飛んだんですよ。つまり、ボールを飛ばすことは、力がなくてもインパクトさえしっかりしてればスピンがかかって飛ぶなというのが俺のホームランバッターとしてのスタートです。俺は甲子園に行ったことないし、多くホームランを打つわけでもなかったけど、大学に入って花開いたということじゃないのかな。

—今の法大の選手に期待することは
松永先生が言った通り、早稲田に優勝回数さらわれたでしょ。私たちは最多優勝の44回を誇りに思ってたんだよ。2番はダメ。早稲田を抜いて優勝回数を増やしてもらいたい。 法政野球はどういうものかというのは松永さんが言ってたけど、俺の考えは一連托生。昔の軍隊じゃないけど1人じゃダメなのよ。みんなでつなげて、前後の打者がいかに状況をみて、理解しているか。「俺が俺が」じゃ法政の野球じゃないから。そういう点では、阪神に入って優勝はしなかったけど、現在でも人間関係というのはつながりがあれば上手くいくと思ってます。

—最後に法大野球部のファンにメッセージをお願いします
法政のファンというのは、やっぱり根強いというか、法政野球の勝ち方をよく知ってるし、一人一人の選手の特徴をね、個性を知ってもらいたい。勝った負けたも大事だけど、その選手に対して評価してほしい。例えば、稲葉(篤紀氏)みたいな選手なら広角に打てるし、チャンスに強いし。選手に詳しいファンに期待しております。


 山本浩二 氏

—式典の印象は
いやぁ、すごいよ。歴史があるからね。先輩方が歴史を作って、また後輩がつなぐ。その伝統は当然守っていかないといけない。一大イベントだな今日は。

—自身は学生時代、3羽ガラス(富田勝氏、田淵幸一氏、山本浩二氏)として名をはせました
良き思い出だね。プロの基礎をそこで鍛えてもらった。苦しい練習で鍛えられて、(力がついて)こういう成績を残せたわけだから、感謝しないといけない。楽しい反面、苦しい時期ではあるかね。でもそこでやれたのは自信になった。

—法政野球部の黄金時代を築きました
良き仲間に恵まれたね。3羽ガラスって言われていたけど、もっと他にもたくさん、同期とか、後輩とか。一つ下にも山中がいた。良き仲間。良きライバル。これに恵まれてやってこれた。

—これからの100年を歩む後輩たちに向けて
決して楽しめとは言わないけど、しっかりした目標を持ってね。精神面であったり技術面。これは野球部だけじゃなくて、学生もね。特に大学の4年間は非常に貴重な4年間だから、勉強はしなくても仲間とか、その大学の4年間を大事に生活してほしいな。大学は社会人になるための勉強の場所だからね。


 江川卓 氏

—100周年の節目を終えて
僕が「100周年」と聞いて思い当たるのは、法政の野球部と、宝塚(歌劇団=1914年4月1日初公演)くらいなんです。宝塚はよく観るんですけど、101年目なんですよ。だから、同じくらいだなと思っていてね。歴史を繋げていくことはとても大変なことですが、法政の場合はその歴史が燦然と輝いて続いています。これは中々できないことです。そのうちの何ページかを我々がつくらせていただいたので、そういう意味ではすごく今日来させていただいて良かったと思います。松永怜一さん(1954年度卒)をはじめ、先輩たちが(式典にて)歴史をずっと話されていたじゃないですか。やっぱり、すごい苦難がいっぱいあったんでしょうね。そう思いながら話を聞いていました。これからも後輩たちには歴史をより良く伝えていってもらえればいいと思います。

—宝塚をよく観に行かれるということですが、法大野球部の試合は
試合はテレビで観ています。なかなか現場に行く時間がないので、プロ野球関係の仕事もありますのでね。ケーブルテレビで観ていますよ。

—では選手と直接お話しされるのは、今日のような機会でないとありませんね
そうですね。今日は先輩に声をかけられたんだけど、怖くてね。やっぱり厳しかったから、懐かしいというより、怖い人の方が多いです。松永さんとか五明さんくらいの時代までいかないと、やっぱり先輩は厳しかったです。生活的なこと、そういう野球以外の教えも厳しかったので、社会人になってから良かったと思っていますよ。

—時代が変わって再会すると違うものでしょうか
みんな年とってるね。それなりにみんな良い年のとり方してるよ(笑)。みなさん健康に注意されていますね。

—野球部を応援してくださる方々へ
松永さんがおっしゃっていたように、100周年を迎えて優勝が44回でしょう?後輩たちには早く50回に到達してほしいですね。やっぱりスポーツだからね。勝つためにいろんなことを我慢して「勝利」を一番先に目指して、自分で日頃の生活を自重しながらやっていくこと。それが次の目標になると、良い生活になっていくのではないでしょうか。


 青木久典 監督

—100周年の節目を終えて
歴代の野球部OB・OGの方々が素晴らしい歴史と伝統を築いてくださったおかげで今日を迎えることができ、本当にありがたく思います。

—野球部(現役時代)での思い出は
私は副キャプテンをさせていただきました。なかなか記録的なことはありませんが、同期の稲葉(篤紀氏)と一緒に野球ができたことなどは思い出ですね。

—現在は監督としてご活躍されています。今年の意気込みを
本来であれば今日の式典/祝賀会に、昨年のリーグ戦の優勝旗や天皇杯がなくてはならず、花を添えるのがベストでした。それができずに悔しい思いをして終わっておりますので、101年目は是が非でも優勝して良い報告をしたいと思っております。

—野球部を応援してくださる方々へ
いつもグラウンドへ足を運んでいただいている方々、法政大学の関係者やOB・OGの方々、暖かいご声援をありがとうございます。またしっかりと汗水流して頑張りたいと思いますので、叱咤激励をよろしくお願いいたします。


 森川大樹 主将

—100周年の節目を終えて
たくさんのOBや、歴史をつくってくださった方々がたくさんいらっしゃるので、このような年に法大に入学できて本当に幸せです。

—昨年のリーグ戦では、結果を残すことができませんでした
特に去年はたくさんの方に期待されていた年だったので、そんな年に結果を出せなかったことは悔しいです。

—今年の目標は
こういった素晴らしい伝統があるので、今は優勝できていませんがまた“常勝軍団”復活のための一歩を、僕たちが「優勝」という形で踏み出せたら良いと思っています。

—野球部を応援してくださる方々へ
こういった伝統をつくってくださったので、僕たちも引き続いていけるように優勝目指して頑張ります。これからも熱いご声援をよろしくお願いいたします。

 

フォトギャラリー

  • zadankai左から田淵氏、山本氏、江本氏、小早川氏、稲葉氏
  • kaijou華々しい雰囲気の中式典が行われた
  • gomyo監督として東京六大学史上初の完全4連覇を達成した五明公男氏
  • yamanaka投手として歴代最多通算48勝を挙げた山中正竹氏は、先日特別表彰で野球殿堂入り
  • ob「功労賞」授賞式の様子
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