硬式野球

【硬式野球】4年生特集『結束』第2回 ~中村駿、長谷川健介 インタビュー~

東京六大学野球秋季リーグ戦
2019年11月8日(金)
神宮球場

 青木久典監督が不在となり、5位に終わった春。そこから課題を一つずつ潰し、快進撃を見せた秋。ここまでチームが立ち直り、『結束』することができた理由には、最後のシーズンで『覚悟』を持って戦った4年生の力があった。
 今日から5日間、弊会では「4年生特集」として引退にあたってのインタビュー、記事を掲載。第2回となる今回は中村駿人新人監督と長谷川健介主務のインタビューをお届けする。(※取材はフレッシュトーナメント最終戦後に行ったものを掲載しております。)

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選手から学生コーチに転身し、新人監督としてチームを支えた中村駿学生コーチ

学生コーチ・主務コメント

中村駿 学生コーチ

—4年間を振り返って

一番得られた部分というのは『野球の面白さ』という部分を改めて知ることができたことだと思います。やっぱり、最初は選手でいたんですけど、何だかんだで学生コーチになって、3年からは新人監督になって、ずっとオープン戦とかも行き続けて。やっぱり、結局やるのは選手ではあるんですけど、采配とか、チーム作りとか、選手を育てるという部分では、野球の技術に加えて、普段の生活とか、そういった部分に気を配っていかなければならなかったので、その部分が野球のプレーに絡んできているということを実感できました。そういう意味ではこの4年間で、野球だけではない部分までしっかり知ることができたのだと思います。

 

選手を辞めて、学生コーチになることは大きな決断だったと思います

きっかけとしてはイップスがありました。正直、そこで野球を辞めようかと考えたところで、周りから「残ってほしい」という声があって。そこで続けようと。みんなのために、チームのためにできることは何かと考えたときに、学生コーチになることかなと。ノックとか、選手のために時間を費やせる仕事というのがあったので、学生コーチでチームのためにやろうと思ったことがきっかけです。

 

選手時代から振り返って一番苦しかった時期は

やっぱり、イップスの時期です。今まで中学、高校とずっとレギュラーを張ってきて、法政に入ることになって、(周りの選手が)強いということはわかっていたけれども、それでも挫折はせずに頑張っていました。でも、イップスは初めて野球が嫌いになったという時でした。1年の秋のあの時期は、本当に苦しかったです。

 

3年時からは新人監督となり、采配をする上で青木監督から学んだことは

監督からはかなり厳しいことも言われたんですけど、結局一番大事なことは、選手に対して『情』を出してはいけない(ということ)。監督として、時には非情采配ということは求められることがある。個人の結果よりもチームの勝ちを優先することを考えるということですね。あとは試合の流れであったり、選手個人個人をどれだけ見ることができるかということであったり。采配に関わるそのような部分はかなり言われ続けていて、『嫌われる勇気』を常に持ちなさいということを言われました。

 

青木監督がいなくなった時期をもう一度振り返って

指揮官が変わるとチームがこれだけ変わるんだなというのを改めて痛感して、どうやってチームを作っていこうかというところで、金光副部長とたくさん話をしました。チーム作りをしたのですが、やっぱり間に合わなかった部分もあった半面、チームとして新しくできたこともあったので、そういう時期があったからこそ、最後のリーグ戦につながったんじゃないかなと思います。

 

ともに支え合ってきた学生コーチの同期を振り返って

本当に支えてくれたメンバーであったし、困ったことがあったら話し合いもして、何でも話すような仲でした。一人一人個性もあって、良いバランスが取れた4人だったなと、振り返って思います。

 

選手との思い出は

一番はやっぱり相馬(優人、営4)かな。相馬に対して、10万はノックを打ったんじゃないかな。バッピ(バッティングピッチャー)も何球投げたか分からないですし。4年間、あいつのパートナー的な役割をしてきました。その中でベストナインを取ってくれたり、リーグ戦であれだけ活躍してくれたりというところを見ていると(うれしいです)。相談事もされたし、プライベートでもいろいろな話をしたし、やっぱり相馬が一番の存在だったかなと思います。

 

印象深い出来事は

やっぱりベストナインを取ってくれたことかな。あいつ自身がどう思ったか詳しくは聞かなかったけど、「俺(中村学生コーチ)のために取るわ」ということを言ってくれた中で実際に取ってくれたので、その時は本当にうれしかったです。

 

リーグ戦を含め、ラストシーズンを振り返って

フレッシュトーナメントは5位、リーグ戦は2位ということでしたが、まとめてみれば、春にあれだけ悔しい思いをして、夏場、厳しい練習をしてきてそれが全て現れたんだと思います。チーム作り含め、雰囲気もそうだし、全てを出し切れたんじゃないかなと。悔いは残ってないんじゃないかなと、そういう風に思います。

 

後輩に向けてメッセージをお願いします

『どれだけ野球を学べるか』だと思います。学ぶ姿勢、練習に取り組む姿勢などを含めて普段の姿勢というのをやっぱり、細かく、厳しくやっていかないと、こういった一発勝負の世界で結果は出てこないと思います。そういった部分で、細かいところを見直しながらやっていってほしいと思います。

 

最後にファンの方へのメッセージをお願いします

本当に、ファンの方には感謝しかなくて、常に大きい声援を受けて、選手も僕自身も心強く思いました。何より、負けたときは一緒に悔しがったり、勝ったときは本当に喜んでくれたりと、そうしてチームと一丸となって戦えたと思っているので、そこに本当に感謝しています。これからも法政野球部は続くので、引き続き応援していただければうれしいです。

 

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中村 駿(なかむら・はやと)

キャリアデザイン学部4年 1997年8月5日生まれ

千葉県出身・西武台千葉

170㎝70㎏・右投左打

長谷川健介 主務

—4年間を振り返って
楽しかったです。いろいろな人と関わりを持つことができて、良かったと感じでいます。

—その関わりの中で、特にお世話になった人は
青木(久典)監督です。1年生の時に泣きながら監督室に入ったことがあったんですけど、その時に「いろいろな人の支えがあって法政野球部に入ってきているんだから、そういうことを胸に秘めて頑張れ」ということを言っていただいて、それがとても自分の中で印象に残っています。

—その青木監督がいなくなった時期について
正直、動揺したということが言えると思うんですけど、監督がいなくなっても、それまでの3年間で教えてきてもらったことを自分たちが体現できれば良いと思っていたので、結果的には残念な結果になったんですが、自分たちの成長のために良い経験になったと思っています。あれがあったからこそというか、あれがあったから、また『結束』というスローガンを見つめて、全員がやることができたのかなと思います。

—『結束』を見せたラストシーズンを振り返って
結果的に2位で終わったんですけど、自分ではこの4年間の中で一番良いチームになったと思っています。夏に監督が戻ってきて、キャプテンの福田(光輝、人4)、学生コーチの内田(郁也、営4)、あと自分を含めた幹部がもう一度、一からじゃないですけど、「みんなで」という気持ちをもってシーズンには入れました。結果的にも8勝2敗、勝ち点4という数字を残せたので、春から比べると大きく成長して、良いチームになれたと思います。

—主務という立場で意識したことは
チームの中で一番自分にも厳しく、また部員にも厳しくというポジションを意識してやっていました。自分に厳しくやっているからこそ、他の人ができてない部分というところに気づくことが多かったので、そこは嫌われても良いと思って、「言うことは言う」ということをやっていました。

—ベンチに入って試合を見つめた今季を振り返って
シーズンが始まる前に、このカードは石松(木実、キャ4)が入るとか、このカードは自分が入るということを決めていました。優勝するつもりだったので、最初の早稲田戦と最終戦は自分が入ると決めていました。優勝決定戦も自分が入る予定だったので、そこは残念に思います。

—4年間で一番辛かった時期は
入学前の3月ですね。7日に入部したんですけど、そこから約1カ月はアウェーなので。マネージャーは(法政)二高とか、付属高上がりが多い中、自分は徳島の田舎から来ていて、仕事、雑用が毎日いっぱいで辛かったです。毎日泣いていました。でも、入学してからは同期の支えもあって楽しくできました。

—支えてくれた同期を振り返って
良くも悪くも「ついてきてくれた」というか、自分の言ってきたことに関してはやっぱり理解してくれました。その中で反発もありながら、楽しいチームになれたかなと思います。

—同期へのメッセージ
感謝です。ありがとうの一言ですね。多くを語ることはできません。

—後輩に向けて
みんなへっぽこです(笑)。マネージャーの後輩については、もう少し大人というか、広い視野をもってやってくれればもう少し成長できると思うので、頑張ってほしいです。

—青木監督へ
4年間で成長できたのは監督のおかげです。本当に感謝しています。ありがとうございました。

—最後にファンの方へメッセージをお願いします
法政野球部がここで試合ができているのも、ファンの方、また、スポホウさん、応援団の方々をはじめとした応援してくれる人がいるおかげです。そういう人たちに常に応援されているという気持ちをもって、取り組むことができました。今後とも、末永く法政大学硬式野球部をお願いいたします。

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長谷川 健介(はせがわ・けんすけ)
経営学部4年 1997年5月30日生まれ
徳島県出身・池田
175㎝78㎏・右投左打

 
 
 
 
 

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