バスケットボール

【バスケ】4年生引退インタビュー① ~激動の4年間を振り返る~


法政大学第二高等学校

昨年11月をもって法大バスケ部を引退した藤井裕太(社4)、中野広大(法4)、新沢亮太(経4)、田勢陸(法4)の4名。今回は彼らに敢行した特別インタビューを2回に分けて掲載する。第1回は、激動のラストシーズンを中心に、法大での4年間について赤裸々に語った部分を掲載する。(インタビューは11月28日のものです)

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それぞれに思い悩みながらも、戦い抜いた4人(左から新沢、中野、藤井、田勢)

インタビュー内容

―今季の3部降格という結果について
藤井:4年生として自分たちの力不足でこういう結果になってしまって、後輩たちには本当に申し訳ないと思っています。自分個人としてもチームが苦しい状況の中でけがをして離れなければならなくなってしまったので、とても悔しいです。

新沢:結果としてはまず残念だと思います。自分たちじゃなくて後輩たちがそこ(3部)でやる訳なので申し訳ないという気持ちが強いです。

中野:後輩たちを3部というところでやらせてしまうのは本当に申し訳ないです。ただ、個人的に自分はどちらかと言うとやりきったと思っているのでそれが結果につながらなかったことが悔しいですね。(―持てる力は出し切ったということですか)そうですね。厳しい夏の練習とかも乗り切って、現時点でやれることはできたんじゃないかと思っています。

田勢:法大初の3部ということで、最上級生として後輩たちにもOBの方々にも本当に申し訳ないと思います。自分としても、残念というと他人事みたいになってしまうんですけど、悔しさがあります。

―今年はラストイヤーでしたが、どんな1年でしたか
田勢:ベースチームでやる期間も長かったんですけど、去年くらいからベースの在り方を言われ続けてきました。今年はトップチームとベースチームの気持ちの差はだいぶ解消されてきたと思うんですけど、自分の思うところまでは引き上げられなかったことがベースの4年生としては後悔があります。練習に関してはみんな頑張っていて、特にトップに上がってからはすごく真剣に取り組んでいました。ただ、スポーツは結果が全てだと思うし、試合でももっとできたはずだから練習と結びつかなかったことが残念ですね。

藤井:僕は今年キャプテンをやらせてもらって、自分のなかでも色々背負うものがあって悩むことも多かったです。それでいてリーグ戦では全然勝てなくて、最後の入れ替え戦も負けてしまって、すごく苦しい1年間でした。(―どんな状況でキャプテン就任を伝えられたのですか)練習前にいきなり呼ばれて外山さんに「お前がキャプテンをやれ」と言われました。すごく急な話だったので、もうやるしかないなという感じでしたね。

中野:個人的には色々言われることが多くて、ネガティブになってしまったこともありました。でも、それも経験としてリーグ戦の頃には生きてきましたし、今年から主力として試合に絡めるようになったことは良かったと思います。ただ、過程も大事だと思うんですけど、結果が出ないとモチベーションも上がらないし状況が変わらないということは強く感じた1年でした。

新沢:自分は就職活動と教育実習でチームを離れることが多くて、どっちつかずというわけではないんですけど中途半端なポジションになってしまいました。リーグでも去年の方が試合に絡めていたので、もっと試合に出たかったなとは思いますね。そこはちょっと悔いがあります。チームとしても、あれだけ頑張ったんだから結果を残したかったです。

―4年間を振り返って
新沢:4年間色々あって、良い意味でも悪い意味でも他ではできない経験をさせてもらったのかなとは思いますね。最初はチームの雰囲気も緩いというか今とは違う感じだったんですけど、指導者が変わって指導が徹底されるようになりました。しかも、新しいコーチはテレビに出るような有名人だし、他の人から見たら「すごいな」という、良い経験ですよね。色々と不満とかもあったんですけど、そういうことは社会に出てからもあると思うので、今回のことを糧にしてこれから頑張りたいです。

中野:この4年間では1部に上がったときのうれしさもあるし、去年落ちたときの悔しさもあって、またここから頑張っていこうと思っていたら今年も落ちてしまって悔しい思いをしました。あとは、コーチが変わってからこの代の自分以外の推薦の仲間が辞めてしまって、寂しい気持ちにもなりました。でも、自分はやり切らなければいけないと思いましたし、4人しかいなくなっちゃったんですけど他の3人の支えがあってやってこられたので、チームメイトにはすごく感謝しています。

藤井:1年生のときから試合に使ってもらって、下級生の頃は自由にやらせてもらっていました。3年生になって塚本さんが来て、悩んだ時期もある中で考え方とか技術とか身についたかは分からないですけど、そういう考えに触れられたことは良い経験になったかなと思います。良いことというと1年生のとき1部に上がったくらいで、今年はキャプテンをやって苦しい思いもしたし、正直あんまり良い思い出がないんですけど、苦しいことを経験している方が後々糧になってくるのかなと思うので、そこはプラスに捉えていきます。

田勢:自分は付属生で、推薦生が居る中で1、2年生の頃とかは全く試合に絡めませんでした。でも、上級生になって少しずつ試合に絡めるようになったので、他にも偉大な先輩はたくさんいるんですけど、そういう姿を少しは二高生とか付属生に見せられたかなとプレーヤーとしては思っています。この4年は良いことも悪いこともあったんですけど、この経験をいかして頑張っていくしかないなという気持ちです。

―この4年でいちばん記憶に残っている試合は
田勢:僕個人としては日体大戦ですかね。

一同:え、個人的に?(笑)

田勢:僕が個人的にちょっと活躍した試合があったじゃないですか。(2016/10/24日体大戦)結果として負けているのでなんともいえないんですけど、みんなが下を向いてものすごく落ちている中で、少しは4年生の意地を見せられたんじゃないかなと…自分では評価していますね。(笑)チームとしては、やっぱり1部に昇格したときかな。あの時自分はビデオとか雑用しかしていなかったんですけど、それでもあの瞬間があったから4年間続けられたと思いますね。

藤井:自分は2年のリーグ1巡目の筑波大戦ですね。

新沢:いいの持ってるなぁ。

中野:あれは格好良かった!新沢もいいのちょうだいよ。

田勢:新沢は去年の国士大戦じゃない?「原を抑えろ」って言われたときの。

新沢:あぁ、レイアップ外したやつ?(笑)

一同:(笑)

新沢:広大は専大戦とか?

田勢:あの時の広大は、すごかった!

中野:自分的に絡んでいてうれしかったのは、やっぱり今年リーグで1勝しかしてないあの東洋大戦ですかね。ベンチも応援席の人もみんな協力して勝てたと思うので。

田勢:あれはみんなうれしかったと思いますよ。

新沢:自分は…国士大戦は勝ったけどちょっと苦いからなぁ。3年生のときの慶大戦ですかね。初めてスタートで出してもらって、試合に絡めて勝てたというのがうれしかったですね。

―それぞれ他の選手の良かった試合はありますか
新沢:藤井は1部の入れ替え戦か筑波大戦だよね。田勢は練習のときのナイスパスしか覚えてないな。(笑)

田勢:練習中すごい良いの出していたんですけど、試合で出す機会がなかったんですよね。

一同:(笑)

田勢:でも、本当に練習の雰囲気はすごく良かったんですよ。結果が出ていないから他の人からしたら何を言ってるんだって感じだと思うんですけど、塚本さんもやっていることは間違っていないと言っていましたし、後輩たちにもやってきたことが無駄ではないと、そこだけは自信を持ってほしいと思うんです。

―塚本前HCもお話の中でよく「練習はすごく良い」とおっしゃっていたのですが、それが試合につながらなかった原因はなんだと思いますか
藤井:自分がやってきた感覚としては、最初の方は自分たちがやるべきことをやっていなくて、なおかつ練習も最初から良かった訳ではないので、普通に実力不足で負けていたと思います。ただ、ずっと負け続けてしまったせいで、勝てそうな展開になっても「負けるんじゃないか」ということが頭をよぎって本当に負けてしまうというパターンになっていましたね。

―負け癖がついてしまったことが大きかったということですか
藤井:それだけではないんですけど、それは大きかったと思いますね。

―ここからは時系列に沿ってお話を伺いたいと思います。まずは、法大を選んだ理由から教えていただけますか
新沢:自分は推薦で入れたからですね。まず指定校推薦で法政とか明治とか中央とか書いて出したんですけど全部落ちたんですよ。それで慌てて進学指導室に駆け込んだら、全商推薦という全国の商業高校から各大学に入れる枠があって「法大ならいけるんじゃないか」と言われたので、出してみたら通ったという感じですね。(―では、成績優秀だったんですね)まあ、ぼちぼち頑張っていましたね。法大自体元の学力からしたらそんなに難しいところじゃなかったので、余裕でした。(笑)

中野:自分は高校の監督に行けと言われたので…。

田勢:もうちょっと良い言い方にしなよ。(笑)

一同:(笑)

―あまり乗り気ではなかったですか
中野:いや、先輩が居たのでその分安心して入れましたね。

新沢:あ、自分も先輩が居たのは大きかったな。

藤井:自分は一般受験だったので法大が実力的にちょうど良い挑戦校だったというのがひとつですね。あとは寿さん(加藤寿一2016卒=現シーホース三河)、沼田さん(沼田凌2016卒=現新生紙パルプ商事)が高校時代から仲良くしてくれたというか、お世話になっていて、入りやすいかなと思ったので第一志望として受験しました。

田勢:自分は高校に進学するときに、もう一回受験はできないなと思う気持ちがあって、でも大学でもバスケを続けたい気持ちもありました。大学もそれなりで高校もそれなりに強いところと考えたときに、法政二高が一番いいのかなと。ちょうど行けると言われたので、二高を選んで内部進学で大学に進んだという感じですね。結局ここまでバスケを続けられたのは高校受験の時の選択が良かったんだと思っています。

―入学後、ルーキーイヤーにして1部昇格の経験をされましたが、そのときの心境やチームの雰囲気はいかがでしたか
田勢:あの時は確か最初は7勝2敗とかで勝っていたのに、最後で負け続けてギリギリで入れ替え戦に行けた、みたいな展開だったんですよ。でも今となって思うのは、負けていた時も暗くはなるけど引きずらないというか、常に明るいチームだったと思います。状況が悪くても前向きに捉えられていたから良い結果を引き寄せられたのかな、と4年生になって感じましたね。

中野:陸(田勢)が言ったように、負けても切り替えがしっかりしていて雰囲気も良かったと思います。自分もベンチに入れてもらっていて、試合に絡むことはなかったですけど、みんな生き生きと試合をしていたのでベンチから見ていてもいいなと思っていました。みんなでベンチからも応援席からも声出し合っていて、今年もそういう場面はあったと思うんですけど、よりいっそう楽しそうにやっていたと思いますね。

新沢:周りの人たちのイメージ通りの法政らしさがあったと思います。まあ、それが良いか悪いかは別なんですけど(笑)、楽しくやっていることが結果にまでつながっていたのですごくいいなと思っていました。自分たちもこういう風にしていきたいなと思いましたね。

―藤井選手は昇格の立役者のひとりとなりましたが
藤井:自分が1年のときは何も背負うものがないというか、歳也さん(高田歳也2014卒=現新生紙パルプ商事)と交代で出してもらっていたのもあって今と比べると何も考えずにのびのびとプレーできていました。その上、昇格もできて、良い1年だったなと思います。

―翌年は無事に1部残留し、新シーズンには新たな指揮官を迎えました。塚本元HCの第一印象やそのときの心境は
新沢:すごいバスケに詳しいなと。当たり前なんですけど。(笑)やっぱり指導の知識とか他では出会ったことがないくらい豊富だったので、そこは本当にすごいと思いました。

中野:テレビで見ている人が、自分たちにバスケを教えてくれるというのが不思議な感じでしたね。あとは新沢と同じで、NBAとかヨーロッパとか色々なバスケに関する考え方を教えてもらって、やっぱりそういうところはすごいなと思いました。

藤井:自分は高校生の頃も1,2年のときも何も考えずにやっている部分があったんですけど、塚本さんが来て、色々教えてくれて良いかもしれないと思いました。ただ、逆にだんだん注文が多くなってくると、今まで考えてやってこなかった分それについていくことが大変でしたね。

田勢:みんなも言ってますけど、バスケットの知識量が圧倒的でそういう指導が新鮮だったし、ああいう人に出会ったことがなかったのですごく面白かったですね。

―そのシーズン、春のトーナメントでは3位という好成績を残しましたが
田勢:ずっと気持ちひとつで戦ってきた中に少しだけ戦術を落とし込んでもらったというか、こういうのがあると簡単にとはいかないけど勝てるもんなんだなと思いました。それに、あのときはまだ求められていることが少なかったから自分たちも対応できて、それが上手くかみ合ったのかなと思いますね。

中野:今までやってきたものに新鮮な考え方とかディフェンスに対する考え方がプラスされて、指示も多くないし自由にさせてもらったのが良かったのかなと思いますね。それで勝ち上がるにつれてモチベーションも上がっていって、相乗効果で良い結果になったんじゃないかなと思います。

新沢:新しく求められたことは少なくて、単純に今までやるべきなのにやっていなかったことを始めただけだったので、ちょうど良かったのかなと思いますね。

藤井:来てすぐの頃はオフェンスの指示もなくて、結構自由にやらせてもらっていました。ずっとディフェンスしかやっていなかったのでそこを徹底しようと決めて、実際に機能していましたし、自分がやっていて、塚本さんがベンチにいるとすごく心強いというのがありました。そういうのも含めて最初のころはみんな気持ちよくプレーできていたのかなと思いますね。

―塚本元HCの存在が心強いというのは
藤井:元々の存在感というのもあるんですけど、タイムアウトのタイミングとか選手交代のタイミングとかが良かったので、安心してプレーしていました。

―そこから主力の離脱などもあり、2部降格。しかし、さらにチーム状況が悪くなったと感じたのは今年のオープン戦だったのですが、実際にはいかがでしたか
中野:六大学とかは自分たちもそこまで勝敗にはこだわっていなくて、1年生がどういうプレーするのかなとか、今できることは何かなとか試す場だと思います。ただ、トーナメントでも育成ということで、育成の重要性も分かるんですけど、やっぱり勝ちたいし、育成という部分が大きくなる中で勝ちにつなげられない自分たちの弱さにも、もどかしい思いがありました。最初から少しずつずれていってしまったのかなと思います。

田勢:この時期に4年生の中で辞めたいという話が出ていて、そんな中で裕太(藤井)がキャプテンになってチームが始動しました。これは誰が悪いという話ではないんですけど、軸が定まらなかったというか始まり方として悪かったと思います。手探りのなかで主力級の選手も抜けたりしたのはやっぱり良くなかったんじゃないかと僕は思っているんだけど…。

―一部の4年生が抜けたというのは、「もうついていけない」ということですか
藤井:まさしくですね。

田勢:スタッフは去る者は追わずという感じで止めるスタンスはなくて、それは自分も理解できるところではあります。やっぱりやる気がない中で続けるのは本人も周りも厳しいと思いますし。ただ、それはそうなんですけど……

新沢:大学くらいになったらみんな止めないんじゃない?

田勢:それでもやりきれなさはありますね。

―皆さんは一緒にやってきた仲間が4年生で辞めることに対してどう思いましたか
藤井:……正直なんとも言えないですね。まあ、つらい気持ちもあるし、「辞めるのかよ」という思いもあるし。でも、最終的には人それぞれの考え方なのかなと思いましたね。

田勢:僕は正直辞めることを考えたこともあります。でも、裕太にキャプテンを押しつけるというかやってもらう形になってしまったし、残っている同期がいる中で精神的な負荷とかそういうことでバスケを辞めるのは、僕は違うと思いました。それが嫌だと気付いたから僕は踏みとどまったんです。ただ、本当に個人的にもチームとしても苦しい時期があって、辞める辞めないは本当にギリギリのラインでやってきた選手も居たんじゃないかと思いますね。それは辞めた同期もそうで、だから自分も同期も紙一重だと思っています。

―皆さんは迷ったことはありましたか
藤井:まあ、辞めはしないかなという感じですね。

―今井前監督が辞めた影響はありましたか
藤井:いや、ずっと練習にもほとんど来ていない状態だったのでそこで特に何かが変わったということはないですね。

新沢:これに関しては知らない間に居なくなっていたので。教育実習から帰ってきて、マネージャーから聞いたんですよ。

田勢:たまたま就活とかとぶつかった時期で、本当に僕と新沢は一週間くらい知らなかったよね。みんなも教えてくれないし。あまり話題にもならなくて「あ、そういえば」みたいな感じで聞きました。

―今季は長時間に及ぶ選手同士のミーティングが印象的でしたが、コーチ陣とかみ合わない中で選手の結びつきを強めたという側面もあるのでしょうか
田勢:みんな必死でこの状況を変えなきゃいけないという焦りはありました。塚本さんとかスタッフの方からしたらレベルは低いのかもしれないけど、全員危機感はあったと思いますね。4年生としても裕太を中心にどうにかしたいと思っていたし、後輩たちも3部ではやりたくなかったと思うし、結果としてミーティングになったのかなと思います。

藤井:見ていて、負け方が技術の問題より気持ちの問題かなと思っていました。練習でどうこうというより、みんなの意識を試合で勝つというところに持って行かないといけないと思いましたね。やっぱり個人個人で葛藤があったし、敵が塚本さんになってしまっているところもあったと思うので、そこはクリアにしていかないとチームとしてまとまっていけないと思ってやりました。

―選手から見て、コーチ陣との溝が深くなってしまった原因はどこにあると思いますか
新沢:どっちが悪いという訳じゃなくて、単純に考え方が合わなかったんだと思いますね。塚本さんの言っていることも分かるし、そういう考えがあってもいいのかなとは思うんですけど、それが自分たちの望むものではなかったから相容れなかったんだと思います。どっちからも歩み寄れなかった…まあ、選手側が歩み寄るというのは技術でしか表現できないと思うんですけど、そこでスタッフから歩み寄るというのも絶対ないので、難しかったですね。

中野:塚本さんも外山さんも経験してきたレベルはすごい高いと思うし、バスケに対する情熱とか相当する知識の取り入れ方とかもすごいと思います。それをかみ砕いて自分たちに教えてくれていたと思うんですけど、それを技術で返す能力が欠けていたということも原因のひとつだと思います。練習中に素質の話とかネガティブな考えとかも言われていて、向こうはそこから奮起してやってくることを望んでいたと思うし、自分たちもなんとか見返してやろうという気持ちでやっていたんですけど、やっぱり望まれているところまでは届かなくて、そこからかみ合わなくなってしまったのかな。

藤井:自分個人としては、色々言われてもそんなの気にしなければ良いだけで…まあ、気にしなくはないけど。(笑) でも正しいことを言われているし、前向きに捉えて行けば見捨てられたりはしないので、そこに不満はなかったです。ただ、今年のトーナメントとかは育成ということがあったのでフルメンバーとはいかなくて、負けてしまいました。自分たちの実力不足と言われたらそれまでなんですけど、やっぱりやるからには勝ちたいし、それでプレータイムを削られている人も居るからそういう不満がチームとして積もっていったのかなと思いますね。

田勢:スタッフ陣のやってきたレベルを教えてもらえるのに、それについていけないもどかしさがあって、上のレベルに応えられないことが変な形で不満になってしまったと思いますね。裕太も言っていた通り、言われてきたことは正しいんですよ。僕たちも間違っているとは思っていないんです。でも、僕たちが理解しきれなかったことを解消するコミュニケーションが取れなかったから、溝ができてしまったのかなと思います。塚本さんからしても「どうして練習通りのことができないのか」という感じだと思うんですけど、それがどうして、で終わってしまっていたので、お互いちゃんとコミュニケーションが取れていたら違ったと思いますね。でも、僕たちはその伝えるということを諦めてしまったから、どうにもならなくなってしまったんだと思います。

―高度な指導に苦しみながらも、塚本元HCから学んだ、いちばん印象的なことや良かったと思うことは
新沢:触りだけかもしれないけどバスケットの考え方とか今までにないバスケを学べたことですね。あとは1、2年生の頃は全く試合に出られなかったけど、ディフェンスを評価してもらえて試合に出られたのでそこはラッキーだなと思いましたね。

田勢:それは僕も同じですね。真面目にやったらというか、ちゃんと努力は評価してくれる人だし、間違っていることは間違っていると教えてくれるから、そこはありがたかったです。僕は本当に4年間試合に出られなくてもおかしくなかったので、そういう意味ではラッキーでしたね。

中野:自分はディフェンスがすごい苦手で悩んでた部分があったんですけど、この2年ディフェンスを重点的にやってきて前よりかはましになったと思うので、練習の中で色々な考え方を取り入れてもらって良かったと思います。

―色々あった4年間でしたが、法大バスケ部に入って良かったと思いますか
一同:……はい。

一同:(笑)

藤井:他と比べられないから難しいよね。でも、引退して3週間くらい経つんですけど、今のこの生活を4年間やれって言われたら正直物足りないというか無駄な4年間にしてしまいそうなので、やっぱり部活に入っていて良かったと思います。

田勢:僕にとって大学の体育会に入るということはかなりハードルが高いことだったので、それがここでできて、部活動を続けられたのは良かったかなと思いますね。法大が良いかは比べようがないから分からないけど。

新沢:自分は高校の友達が中大にいて、その友達に「中大楽しいぞ」って聞いていました。そっち行っておけば良かったなと思うことも無くは無かったですけど(笑)、他では絶対できない経験ができたから、これからの人生でそれが生かせれば結果的に良かったって言えるんじゃないかなと思いますね。

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