バスケットボール

【バスケ】4年生卒業記念インタビュー ~今だから語る「あの時」の本音~


法政大学第二高等学校

早くも新チームとしての戦いがスタートした法大バスケ部。今回は、この春卒業を迎えた4年生6人、植村哲也、戸堀勇吾(ともに文4)、早川健星、池下涼星、柳川知之、和田直也(いずれも法4)にインタビュー取材を行い、近況や思い出だけでなく、2部降格、そして3部降格を味わった際の素直な心境や、どん底を経験したからこそ知りえたことなど、彼らの本音を聞いた。
※鈴木蓮(現4)は欠席

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(左から柳川、池下、植村、和田、早川、戸堀)

インタビュー内容

―引退後は何をされていましたか
戸堀:コールオブデューティ(笑)。
和田:旅行ですかね。

―旅行はバスケ部のみなさんで
和田:…いやまだなんで計画たてます(笑)。

―今後の進路、またバスケを続けるかについて
池下:僕は普通に就職して、バスケはクラブチームに入って週1程度やるつもりです。
植村:関東実業団で週4くらいでバスケをしながら、仕事もしっかりしていきたいです。
柳川:普通に就職して、バスケに関しては未定です。
早川:僕も就職して、地元のクラブチームで週1くらいやる予定です。
戸堀:僕も就職で、地元のクラブチームで週1ですかね。
和田:僕も就職して、バスケは関東実業団でやろうと思います。

―関東実業団に進むお二人ですが、差し支えなければ企業名を教えて下さい
植村:横河電機です。
和田:メディセオです。

―まずはみなさんの高校時代のお話から伺いたいと思います。植村選手、柳川選手は明成高でウインターカップを制し、日本一となりました。 大きな経験になったのではないでしょうか
植村:大学入ってから(日本一となったことを)実感したかもしれないです。
柳川:そんなに…(笑)。高校の頃はあまり試合に出られなかったので、大学では試合に出られるようにがんばろうとはしていました。

―池下選手は法政二高時代、激戦の神奈川県予選を制してウインターカップに出場しました
池下:僕らの代だけではなくて、1個下の玲音(小野=文3)とかもいたので、それも大きかったと思います。神奈川県の決勝が桐光学園とだったんですけど、斎藤拓実(=現アルバルク東京)がめちゃめちゃミスしてくれて、僕らのミスが少なかったというのもあったので、ウインター行けたのかなという感じです。

―新主将となる小野選手と最も付き合いが長い池下選手ですが、印象は
池下:周囲を見る目はもう少しつけた方がいいかなとは思いますが、ひたむきで真面目で声も出せるので、キャプテンには向いているかなと思います。

―早川選手はスポーツ推薦の選手たちとは少し違った境遇になりますが
僕は指定校推薦だったので、進学自体は早くから決まっていました。バスケを続けようと思ったのは藤井さん(裕太=平成28年度卒)が同じ地区で知り合いだったからですが、まさか同期がみんな全国経験しているような選手ばかりとは思っていませんでした。

 

「何が正解かをただひたすら探してるだけ」

 

―みなさんは法大入学から2年間、関東1部を経験しましたが、印象に残っている選手は
植村:筑波の笹山さん(貴哉=現名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)は、1年生のときについてこれは無理だなと思いました。
柳川:同じチームで言えばやっぱり沼田さん(凌=平成27年度卒・現新生紙パルプ商事)ですかね。

―その後、大学2年の秋に2部降格が決まりましたが、そのときの心境は
植村:ショックでしたね。
和田:最後らへんのチーム状況がごちゃごちゃしてたからね。
植村:入れ替え戦で負けたからどうって感じではなかったよね。
戸堀:負け癖がやばすぎた。

―翌年の3部降格についても後程伺いますが、この頃からコーチ陣の方針に疑問を感じていたのですか
植村:(平成27年の)トーナメント終わった瞬間じゃない?

―平成27年の関東トーナメントでは3位と、周りから見れば好調に見える時期でした
植村:トーナメントのときまでは関わり方が違ったんだよね。
和田:見てるだけみたいな。
植村:練習は自分たちでやって、少しアドバイスをもらう感じでした。そっから完全にチーム改革のようなことが始まったので、やりづらかったです。

―では関東2部での1年間についてお伺いします。慢性的なインサイド不足によって、柳川選手、戸堀選手のプレータイムが大幅に増えました
柳川:2部のインサイドは留学生とか身体の強い選手が多かったので、技術的というよりは肉体的にきつかったかなと思います。
戸堀:やらなきゃいけないというか、楽しい感じではなかったです。おれとこいつ(早川)は毎日つらかったです。
早川:夏場まではトップ(Aチーム)にいて、リーグ戦の前に「(Bチームに)戻れ」と言われたので、練習やって試合には出てないという感じで、まあまあきつかったですね。

―植村選手が過去のインタビューの中で「リードしていてもどこかでやばいという感じがあった」とおっしゃっていましたが、みなさんもそれを感じていましたか
戸堀:勝てる気しなかったよね。
早川:ただリードしてるだけみたいな。
植村:点数とか見てなかったよね?
戸堀:確かに。
植村:やることやれって言われてて、点数見てないので、勝ってるか負けてるかも分からないし。

―そんな状況の中で、池下選手らベンチ外の選手が声を出して盛り上げ、それがチームの勢いにつながった試合もありました
池下:僕がバスケをやってきた中で、声が出てるときは勝って、出てないときは負けてるというのがありました。ただ、試合に出てる人には申し訳ないんですけど、いろいろ賛同できなかった部分があって、声出そうと思えなかったときもありました。

―「賛同できなかった部分」とは
池下:Aチーム、Bチームに分かれてたときですね。AとBで全く違う日とか時間で練習したりしていたので、一緒にやってないやつの試合を見に行くという感覚で「応援」というよりは「観戦」でした。

―AチームとBチームはほとんど関わりがないということでしょうか
早川:会わないです。オフも違ったし。
和田:一緒に練習しててもすぐAがどっか行っちゃったり。
池下:最初からそういう体制だったら納得できたかもしれないですけど、入ってきたときはみんなで一緒にやってて、試合に出てない僕でさえも沼田さんとしゃべれたりという状況だったので。応援したいという気持ちもその時は特に強くありました。

―そしてついに3部降格となる訳ですが、降格の瞬間、何を思いましたか
池下:哲(植村)とかには悪いけど、しょうがないかなと思いました。勝てる雰囲気はなかったし、神大はすごく練習していると友達から聞いていたので。
植村:僕らの状況がどうであれ、神大は本当に強かったし、僕らが万全の状態でも勝てる可能性は限りなく低かったと思うので、周りは「法政が3部に落ちた」と言ってるけど、僕は単純に神大が強かったと思うし、3部に落ちたことは完全に開き直って、来年最上級生になるから、また1からやろうと思いました。
柳川:やる前からこう思ってはいけないとは思いますが、こうなるだろうなとは思っていました。
早川:4年生がどうしてもやりきれない感じで、それを見てるのが1番つらかったです。自分たちを1年間引っ張ってくれて、何とか2部に残そうとしてくれて、結果惨敗という形だったので。
戸堀:負けたときは神大自体がすごく強くて、僕たちも勝てる感じじゃなかったんですけど、率直に一番感じたのが先輩に申し訳ないという気持ちと、3部ということに対する恥ずかしさもありました。
和田:リーグ戦のときから1勝しかしていなかったし、神大は練習試合で1部や2部のチームに勝ったりというのは聞いていたので、これはキツいかなとは思っていました。

―この年選手たちが常に口にしていた「リングに向かう気持ち」ですが、これができなかった理由は
植村:ワンプレーワンプレーに指導が入ったりするんですけど、何をしたらいいのかわからない、正解がない状態が続いてて、練習で何かしたら「ここは違う」と言われて、また別のプレーをしたら「それも違う」と言われて、何が正解かをただひたすら探してるだけでした。
戸堀:自由じゃないのに「自由にやれ」と言われたり、そのへんでもどかしい点はあったと思います。練習もキツくて、肉体的に疲弊していた部分もあったと思います。
柳川:「決められたことの中で自由にやる」ということが難しかったです。

―やらされることの多い環境は、大学バスケというより、中学・高校のバスケに近い感覚ですか
植村:僕は高校も自分たちでやってたので違いますかね。たぶん、塚本さん(清彦=前HC)がいたときと同じ練習を自分たちでやってたら、キツいという気持ちは生まれなかったと思います。今年もランメニューを増やしたりしていたので。

―最終学年のシーズンは、体制も変わりましたが、当初の雰囲気は
和田:2部に上げようという思い、それしかなかったです。

―前年までの重い雰囲気は残っていましたか
池下:なかったけど逆に勝たないとやばいというのはありました。
早川:みんないい意味で開き直ってたと思います。

―結果3部では2位という結果でした。相手チームのレベルは違えど、最も勝ち星を積んだシーズンとなりましたが、みなさんは自分の実力を最も発揮できたシーズンだと思いますか
和田:楽しくやれましたね。
植村:前の年が悪すぎて、最後の年でどうすればいいかがわかってたのでやりやすかったかなと思います。
池下:バスケ以外の面で言えば、4年生が1年生と仲良くすることも前まではなかなかできなかったので、それは良かったと思います。

―上武大学に敗れ、優勝は逃してしまいましたが、原因は
和田:外国人対策。
植村:向こうは何年もかけてああいうチームづくりをしていたけど、僕らは言ったら1年目のチームなので、徹底の違いかなと思います。

―最後の1年、心残りがあるとすれば
植村:2部に上がることは最低限の目標だと思うんですけど、去年はそれが最大の目標になってしまっていたことがやりきれなかったです。インカレにも出れない訳ですし。

 

「やっぱり『こんなはずじゃなかった』って思いがある」

 

―みなさんの代はどういうカラーだと思いますか
戸堀:性格の悪い人が多い(笑)。鈴木(蓮)とか。
池下:よりによっていない人(笑)。
早川:それぞれ干渉しないというか。
和田:マイペースですね。
植村:けっこうドライかもしれないですね。

―話題に上がった鈴木蓮選手について
和田:柳川お前マブダチだっただろ(笑)。
柳川:…(笑)。なんだかんだたいぶ苦労したんじゃないかなと思います。スポーツ推薦以外で入ってきて、その中で地道でがんばってたところでけがしちゃって。でも最後試合に出て活躍できたので、苦労人だけどこれからもあいつはバスケを続けるのでがんばってほしいと思いました。
早川:4年間見てきて、最後がんばってる姿を見て、同期としてうれしかったです。

―マネージャーとしてチームを支えた今林万梨耶主務(営4)、内藤沙映副務(国4)について
池下:ずっとチームを外で見てくれていて、ダメなところはダメと具体的に言ってくれました。僕らのわがままについてきてくれてありがとうございましたという感じです。
植村:先輩がいなくて1年の頃から主務とかやっていて大変だったと思うけど、最後マネージャーの方から「ミーティング開かないか」とか言ってくれて、チームを見てくれて助かりました。

―客観的に見て、今季のチームはどう見えていますか
早川:まだ2年目のチームですし、昇格は簡単ではないと思いますが、玲音を中心にみんなでやっていけば、自ずと結果はついてくると思います。

―後輩で期待している選手は
池下:がんばってほしいのは玲音ですね。高校から一緒にやってきて、慕ってくれたし、ダメなどころはダメって言ってくれたやつでもあるので。
植村:野口(勇樹=法3)と千代(虎央太=法1)かな。
一同:お~(笑)。
植村:野口は途中すごく適当なところがあったんですけど、シューティングとか一緒にやってて、真面目にやったらあいつはうまいなと感じました。(―野口選手は少しずつプレータイムを伸ばしています)あいつはキャリアもあるし、チームの軸になってほしいです。千代は外で走ってるんですよ。陰で。それを帰り際とかに見てて、成功してほしいなと思いました。
柳川:僕は千代に…
戸堀:かぶらせるなよ(笑)。
柳川:じゃあ竹内(悠貴=法3)で(笑)。
一同:(笑)。
早川:調子乗っちゃうぞ。
柳川:去年微妙な形で試合に出ていて、納得いってなかったみたいなので、最後本人が納得行くような形で試合に出られたらと思います。
早川:僕は太地(中村=法2)で。また世代別の代表にも選ばれてますし、個人的にNBAの話とかして仲もいいので、日本を背負って立つような選手になってほしいです。あと多治美(篤=社3・学生コーチ)にも期待してます。去年コーチとしてがんばってくれたので。
戸堀:勝手にやってくれって感じだな~(笑)。
一同:(笑)。
戸堀:じゃあ玉城(啓太=法3)で。彼は不器用な部分もありますけど、僕と同じスター性を感じました。
和田:剛鉉(金=文3)と濱田(裕太郎=文1)ですね。剛鉉は最上級生だし、練習でよくマッチアップしてたので。濱田は後ろ姿が特に似てると言われるので、兄と弟ってよく言われます。それだけです(笑)。

―タレント揃いのガード陣ですが、あと一歩レベルアップする為には何が必要だと思いますか
植村:妥協しないことです。全員に言えることだとは思いますが「能力はあるからいつでもできます」じゃなくて「能力があるからこそ常に全力でやります」というのが必要だと思います。それができれば大丈夫だと思います。

―あまりにもいろいろなことがあった4年間だと思いますが、振り返っていかがですか
池下:社会経験ができたかなと思います。社会人になっても心が折れないような土台ができた4年間だと思います。
植村:周りにはよく「ある意味いい経験だよ」って言われるんですけど、やっぱり「こんなはずじゃなかった」って思いがあるから僕は全然そうは思わないです。大学でやりきれなかった分、社会人でがんばりたいと思いました。
柳川:もう終わったことなんで、という感じで。この経験を生かしてがんばります。
早川:僕は高校でここに来れるような実績を残せていないので、先輩も後輩もすごい人たちの中で高いレベルでバスケができて楽しかったですし、いろんな経験ができたという意味で入ってよかったなという4年間でした。
戸堀:バスケットボールに関しては、苦しいこともあったけどそれだけじゃなかったなと思うし、一番言いたいのは、ここにいる同期や後輩だったり先輩だったり、出会いに感謝です。
和田:一言で言えば楽しかったと思います。1~3年まで試合に出れなくて4年で試合に出られたことはうれしかったですし、努力すればいずれ結果が出てくるということはわかったし、社会に出てからもそうやってやっていきたいと思います。

―バスケ以外での思い出はありますか
和田:3年の入れ替え戦のあとに4年全員で草津に温泉旅行に行きました。
戸堀:就活が大変だったんですけど、それも終わってストレスフリーになってからみんなと遊んだり飲んだりするのが楽しかったです。
植村:僕はあまりプライベートとかで遊ばないんですけど、今まで学校にスウェットでしか行ってなくて、周りの視線というか雰囲気に耐えられなくなって、服を買うようになりました(笑)。

―最後に後輩たちへエールをお願いします
池下:勝つも負けるも自分たち次第ですが、みんなでやらないと勝てないというのは僕らを見てもわかったと思うので、みんなでやってほしいということだけですね。
植村:もう一回チームの足りないところを見つめ直して、初心に返ってやってほしいです。
柳川:個人個人やることをしっかりやって、勝ちを意識して練習してください。
早川:またまだ大変なこともあると思うけど、最後は笑顔で終わってほしいです。
戸堀:個性の強いメンバーではあるので、勝ちにこだわるのはもちろんですが、楽しみながら、協調性や思いやりを大事にしながらプレーしてほしいです。
和田:目標に向かって泥臭くプレーしてほしいと思います。

(インタビュー日:3月3日)

フォトギャラリー

  • IMGP4838 R(左から柳川、池下、植村、和田、早川、戸堀)
  • IMGP4816 R取材は和やかな雰囲気で、試合後には聞けなかった「ぶっちゃけトーク」も多く見られた
  • IMGP4766 R話題が降格を喫した際の話に移ると、それぞれが当時抱えたもどかしさについて語りはじめた
 
 
 
 
 
 

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