陸上

【陸上競技】第92回東京箱根間往復大学駅伝競走 復路 戸塚で襷途絶え、2年ぶりの箱根は厳しい結果に

東京箱根間往復大学駅伝競走 復路
2016年1月3日(日)
神奈川・芦ノ湖~東京・大手町

前日の往路では序盤から厳しい状況を強いられた法大。復路での巻き返しに望みを託すも、首位、そしてシード権との差は広がっていくばかり。ついに9区では襷も途絶え、繰り上げスタート。課題の残る箱根となった。

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田中から坂田へ襷が渡る

試合結果

総合成績

順位大学名記録
優勝 青山学院大 10時間53分25秒
2位 東洋大 11時間00分36秒
3位 駒澤大 11時間04分00秒
4位 早稲田大 11時間07分54秒
5位 東海大 11時間09分44秒
6位 順天堂大 11時間11分24秒
7位 日本体育大 11時間11分32秒
8位 山梨学院大 11時間11分51秒
9位 中央学院大 11時間13分31秒
10位 帝京大 11時間15分21秒
以上10大学がシード権獲得
11位 日本大 11時間16分50秒
12位 城西大 11時間20分06秒
13位 神奈川大 11時間20分07秒
14位 明治大 11時間20分39秒
15位 中央大 11時間21分48秒
16位 拓殖大 11時間23分54秒
17位 東京国際大 11時間24分00秒
18位 大東文化大 11時間28分45秒
19位 法政大 11時間31分12秒
20位 上武大 11時間36分46秒
OP 関東学生連合 11時間15分30秒

※上位10大学がシード権を獲得
※関東学生連合はオープン参加のため順位はつかない

復路成績

順位大学名記録
優勝 青山学院大 5時間27分30秒
2位 東洋大 5時間31分37秒
3位 駒澤大 5時間32分45秒
4位 日本体育大 5時間33分24秒
5位 早稲田大 5時間33分37秒
6位 東海大 5時間33分59秒
7位 中央学院大 5時間35分12秒
8位 順天堂大 5時間35分45秒
9位 明治大 5時間37分17秒
10位 山梨学院大 5時間38分27秒
11位 帝京大 5時間38分45秒
12位 神奈川大 5時間39分31秒
13位 大東文化大 5時間39分57秒
14位 中央大 5時間40分40秒
15位 日本大 5時間42分22秒
16位 城西大 5時間42分24秒
17位 法政大 5時間45分18秒
18位 東京国際大 5時間45分54秒
19位 拓殖大 5時間46分12秒
20位 上武大 5時間52分09秒
OP 関東学生連合 5時間36分29秒

個人結果

区間名前記録通過順位区間順位
6区 田中優大(社4) 1時間02分36秒 18位 17位
7区 坂田昌駿(スポ3) 1時間06分34秒 19位 16位
8区 土井大輔(経1) 1時間07分57秒 19位 18位
9区 本多寛幸(社1) 1時間16分02秒 19位 20位
10区 城越洸星(社3) 1時間12分09秒 19位 9位
 

坪田智夫 駅伝監督 挨拶

 皆さん2日間本当に朝早くから応援ありがとうございました。結果は19位と厳しい結果になりました。我々チームが1年間やってきたことが、19位で他大さんの方が力が上回っていたという結果だと思います。また今年は予選会からになります。厳しい戦いになると思います。
 ただですね、今回いろんな反省や課題が多くみられました。それらを一つ一つクリアしていって、必ずまずは予選会を突破し、来年こそは目標となる本選で戦うという目標を達成できるようにチーム一丸となって頑張っていきたいと思いますので、また1年間応援のほどよろしくお願いします。今日はありがとうございました。

戦評

 最後まで流れを作れなかった。前日の往路からの悪い流れが影響したのか、復路の選手も区間下位に沈み、シード権はおろか最下位争いを繰り広げることになってしまった。アンカーを務めた城越洸星(社3)が法大唯一の一桁順位となる、区間9位の走りで意地を見せたが、総合19位で2年ぶりの箱根路を終えた。

 往路の高速レースの影響で、復路は13チームによる一斉スタートとなった。往路ではほとんどの区間で単独走を強いられた法大としては、集団でスタートする6区で流れをつかみたかった。だが、田中優大(社4)はなかなかペースを上げられず、区間17位で小田原中継所へ。上武大を抜いたものの、総合18位と苦しいスタートとなる。

 田中から襷を受けたのは坂田昌駿(スポ3)。主要区間での起用も期待されていたが、12月に入ってからのコンディション不良で7区へ回る。東国大や城西大と競り合いながらシード権を目指すも「10キロ過ぎから上げることができなかった」と語るように、中盤からペースを上げきれず、結局区間16位。8区土井大輔(経1)に襷は繋いだものの、復路スタート時での首位・青学大と17分30秒差。繰り上げを意識しながら土井が走り始める。sakata R
懸命に中継所を目指す坂田

 襷を受けた土井は当日エントリー変更で出場。なんとしても繰り上げを回避したいところであったが、トップ青学大の下田はこの8区で区間賞を取り、さらに下位との差を広げていく。土井も懸命の走りを見せるが、無情にも法大のオレンジの襷は戸塚中継所には届かず。繰り上げの白の襷を掛け、9区本多寛幸(社1)は戸塚を後にした。

 復路のエース区間の9区を任された本多。予選会でも好走したルーキーの走りに期待が懸ったが、本多のコンディションも万全ではなかった。「復路のエース区間では実力不足と詰めの甘さが出た」と区間最下位という結果となってしまう。9区のレベルの高さを痛感する形となった。

 鶴見中継所でも繰り上げとなり、アンカーの城越がゴールの大手町へ向けて走り出す。今季成長してきた城越は「10キロあたりからきつかった」とは言うもの、区間一桁順位でレースを進める。最後まで他大と競り合いながら最終区を駆け抜け、区間9位の走りで最後に意地を見せた。shirokoshi R
城越は区間9位の好走

 復路順位は17位。総合順位は19位。ほとんどの区間で区間下位に沈み、その悪い流れを最後まで変えることはできなかった。目標に掲げていたシード権、10位の帝大とは15分以上の大差をつけられる、厳しい結果となった。
 だが、今大会には1年生3人が箱根を経験。さらにはエース足羽純実(現3)や10区で好走した城越ら、3年以下の選手が多く残る。この苦い経験を来年の糧にできるかはこれからに懸ってくるはずだ。
 明日から新チームが発足する。「私を含めチームの意識を変えなくてはならない」坪田監督がレース後語った言葉だ。来年こそシード権獲得するために。悔しさを胸に、法大は再スタートを切る。(佐々木岳)

監督、選手コメント

坪田智夫 駅伝監督

―箱根駅伝全体を振り返って
流れを作り切れず、最後まで終わってしまったのかなという感じです。

―復路の選手の走りはどう評価されますか
評価できるのはアンカーの城越くらいなんですけど、やはり復路も流れを引き戻せず、まったく駅伝ができなかった2日間でした。

―流れという意味では一斉スタートの6区が大事だったと思われますが
そうですね。そこで前の見える位置で、集団で来てほしかったんですけど、そこも前が見えない。1つ前は見えたんですけど、そのもう1つ前の集団で来てもらいたいなというのはありました。そういったところで流れができなかったのかなと。

―7区を走った坂田選手は主要区間で起用が期待されていましたが
ちょっとコンディションが上がり切らなかったので。本当は3か4区につけて流れを作らせたかったんですけど、体調不良もあったので。復路の7区で6区の流れをさらに加速させるために坂田を起用したんですけど、そこでも力を発揮できませんでしたね。

―8区、9区はエントリー変更で1年生を起用されました
夏からの練習の流れで考えた時に、やはり力のある2人だと思ったので使いました。8区の土井に関しては足に不安があって、9区の本多に関しても体調の問題があって、力を出し切れませんでした。1年生はプレッシャーのかかる中でやらせてしまったんですけど、経験値は得られたので、少なくとも来年にはつながると思います。

―今年の目標はシード権獲得を掲げていましたが、19位というかけ離れた結果となってしまいました
あくまで往路が終わった時点で19位だったので、復路は1つ1つ上げていこうと選手に話はしていたのですが、全く順位は上がらずでしたね。

―シード権を獲得したチームとも大差がつきましたが、来季以降どういったチーム作りをしていきたいですか
やはり核となる選手の力を上げていかなければいけないですし、それ以外の選手たちも力を総合的に上げていかないといけない、というのが今回の結果で突き付けられたと思います。予選会では通用した練習内容が本戦では全く通用しないということで、私自身も意識を変えていかなければいけないのかなと感じています。もちろん選手の意識も変えていかなければならないので、私も含めてチーム全体として意識改革が必要なのかなと思います。

―今回で4年生の選手はチームの中でどんな存在でしたか
決して突出した選手はいなくて、力のある選手ばかりではなかったのですが、この1年間、予選会敗退から厳しいチーム状況を引っ張ってくれました。走力もですが、走力以外の部分も含めてですね。予選会を突破できて、本戦まで辿りつけたのは彼らの力だと思います。

―また明日から新たなスタート切ることになりますが、来季の目標、目指すところは
やはり戦えるチームを作っていかなければいけないです。突破するチームやケガをしないチームではなくて、あくまで戦えるチームを作ってやっていかなければいけない、というのが1番かなと。今回の結果を受けて1番感じています。

 

苅部俊二 監督

―総合19位という結果をどう評価されますか
結果は良いとは言えないですね。最初から流れが悪かったので、良くなかったですね。うちらしさは出せなかったかなと思います。  

―選手の走りを見てどう感じましたか
選手自身はよく頑張ったと思うんだけど、まだ力が足りないなと感じましたね。他大学と力的にはそんなに差はないけれど、力を見せつけられてしまったので、本来の力が出せなかったのが大きいですね。コンディションが悪かったというよりも、まだまだ力不足を痛感させられたということと、展開も悪かったので、いろいろと勉強になるレースだったんじゃないですかね。去年も出てないし、これからということで、今年は今年と考えて次につなげるレースにしたかったですね。課題の残ることばかりだったので、これからですね。  

―また予選会からのスタートとなります
走力をつけなきゃ駄目ですよね。基本的なところができていないので、精神面から、練習から、生活から見直していかないといけないですよね。甘いところがあるので、もう一度原点に返るというか、そうやっていかないと。課題ばかりですよ、今回の2日間は。反省と課題ばかりでした。 

 

佐藤和仁 駅伝主将

―この2日間を終えての気持ちは
自分なりにみんなでまとまって作ってきたチームだったんですけど、まだ少しやり足りないところがあったのかなと、こういう結果になったと思いました。でも、4年生以外の下の選手たちも本当にいい選手たちがたくさんいて、1年あればどこまでも伸びていけるチームなので、可能性もたくさんあるので、後輩たちに頑張って欲しいと思います。  

―足りない点とはどんなところでしょうか
個人的なところでいくと、夏合宿までは自分も今回走った選手たちと同じくらいのところで練習をしていて、なおかつその中で声かけとかいろんな取り組みができていたんですけど、秋口から予選会のあたりで調子が悪くなってしまって、練習が別になってしまいました。一緒に走ることが少なくなってしまって、できるだけ近い位置でチームをうまく盛り立てたりチームに働きかける機会とかが少なくなってしまって、自分がキャプテンとしてやりきるべきところがやれてなかったかなと思います。そういったところで、自分としては全体に関わる期間が短かったのがダメだったかなと思います。  

―それは以前おっしゃっていた、選手間でのコミュニケーションを取るという点でしょうか
そうですね、出来たところができなくなってしまったのが本当にもったいないというか。

―この2日間でご自身はどういった役割をこなしていましたか
昨日現地入りして、自分は6区の田中の付き添いをやっていました。  

―序盤から厳しいレース展開でした
みんな頑張って、練習を積んできていました。1人悪くてもうちはチーム力でずっと戦ってきていたので、なんとか次の選手が一生懸命やってくれるだろうなと。負けるとかダメだ、よりはまだまだいけるって気持ちで見守っていました。  

―来年も予選会のスタートとなりますが、チームが磨くべき所はどんなところだと思いますか
次の4年生が中心になってやっていくことになると思います。去年もそうだったんですけど、現状で何が良くて何がダメなのかというのをもう一回洗い出して、良い所は続けて悪い所はやめるという形で。生活から一回立ち直って、チームを組み立てていくことで、根本的な原因もつかめると思うので、大事なのかなと思います。  

―陸上部で過ごした4年間はご自身の中でどんな存在になりますか
厳しい時が多かったです。本当に苦労というよりは、這いずり回るというなもがく期間が多かったので、苦しかったといえば苦しかったです。でも最後4年目キャプテンをやってみて、自分の周りには恵まれた仲間がいて、苦しい時に助けてくれて協力してくれて、自分の背中も押してくれる。そういう心強い存在が沢山いることに気付かされて、人との絆とかを感じて人として成長できたのかなと思います。  

―4年間の中で印象に残っている出来事は
2年生で箱根走ったことも競技者として印象にはありますが、一個人として心に響いているのはこの1年間です。キャプテンをやったこの1年は毎日が常に印象に残りまくりでした。  

―後輩に伝えたいことは
どこまでもどこまでも成長していける選手が沢山揃っているので、それを生かすも殺すも後輩たち次第です。そういった可能性があることを自分の中に持ってガンガンポジティブにチームを作っていってほしいです。  

―監督に伝えたいことは
自分が知ってる先輩、後輩を見ても、この直近5年くらいで一番怒られたんじゃないかなって思うくらい怒られてきました。惑かけてすみませんっていうのと、本当に4年間ありがとうございますって伝えたいです。  

―今後の競技生活については
今日で引退という形になるので、今後は後輩のサポートをしていきたいです。  

―この2日間応援したくださったファンの方々へ
本当に常に暖かさを感じました。12月に入ってからは暖かい声援だったり応援だったりと、とても嬉しかったです。ありがとうございました。

 

田中優大

今の率直な気持ちを
本当に力負けしたというか「負けたな」という負け方だったのかなと思っています。正直自分は4年としてやれることっていうのはもうないと思うんですけど、これから後輩たちには頑張ってほしいなって気持ちでいっぱいです。  

以前、箱根駅伝を「夢の舞台」とおっしゃっていましたが、実際に走っていかがでしたか
本当に観客が途切れなくて「法政」と呼んでくださる方がすごくたくさんいて、最後まで背中を押してもらえました。ありがとうございました。

6区の個人の結果については
事前の練習に比べたらタイムが劣ってしまって、設定タイムからもかけ離れたタイムになってしまって、個人としては課題の残る結果だったのかなと思います。  

法大は往路19位でしたが何を考えていましたか
開き直って、また復路になったらリセットして切り替えられるので、自分が(復路の)1区としていい流れを作りたいなと思っていました。昨日のことに関しては何も考えずに、本当に集中していました。  

6区の付き添いの佐藤主将とは何か話されましたか
あまり多くのことを語ってくれたというわけではないんですが、サポートしてくれる中で、自分をリラックスさせてくれました。主将として、メンバーからは外れてしまったんですけど、できることをすごくやってくれていたので安心しました。  

6区での出走が決まったのはいつでしょうか
言われたのは本当に直前でしたね。  

今回のチームの結果については
これが力なのかなというのは率直にあるので、この現実をしっかり受け止めてまた1年間頑張ってほしいです。  

目標であったシード権獲得に届きませんでしたが、チームに足りなかったものは
ここと言うことはできないんですけど、やはりスピードというのが1つのテーマになってくるのかなと思います。1区の足羽を見ていても、離されちゃったので、スピードとスタミナを上手く考えながら練習していくことなのかなと思います。  

これからのチームに期待することは
本当にシード権を取ってほしいですね。やはりそのためには、今はまだ足りないことがたくさんあると思うので、それを一つ一つ、監督も言っていたんですけど、クリアしていってほしいなと思います。  

4年間の法大での競技生活はいかがでしたか
本当に辛かったなというのが正直な気持ちです。やはりここまで来る4年間が、本当に小さいことを積み重ねてやってきた4年間だったので、辛かったです。  

今1番感謝したい人は
やっぱり両親、家族にすごく感謝したいです。  

今日は来られていましたか
来ていました。宮ノ下のあたりで応援してくれていました。  

走っていて気付きましたか
応援している場所はわからなかったんですけど、声で「優大」と呼んでくれたのが聞こえて、すぐわかって、そこでまた頑張れましたね。  

最後に一言お願いします 
本当に来年の箱根で、なんとしてもシード権を取るのを目標にやってもらいたいですし、やはり法政が箱根に出ないと本当にお正月がつまらなくなっちゃうと思うので、オレンジエクスプレスに正月を乗せてほしいです。

 

坂田昌駿

今回7区を走っていかがでしたか
12月に入ってから足の違和感と、2週間前に体調を崩してしまったことが響いて7区に回りました。それが少し響いてあまり練習を継続することができなくて、積極的なレースはできなかったです。

元々1区を走りたいと言われていましたが、それができなかったのはそういった理由からなのでしょうか
そうですね。元々1区を自分でも志望していました。監督もたぶん僕を往路で思っていたはずなのですが、主力としての責任と覚悟がなかったという点で僕のダメなところが出てしまって、7区に回ることになりました。

具体的に体調不良やけがというのはどういった状態だったのでしょうか
12月に入って、合宿中に右のシンスプリントを少し痛かったのと、2週間前に疲労から扁桃腺が腫れて発熱してしまいました。それが今回のレースで響いてしまったのかなと思います。

7区を走る上での目標は
シード権を狙える位置でという監督からの指示で、65分~65分半というタイムを設定されていました。例年ならそのタイムで区間10位でしたが、それに遠く及ばず区間16位という結果で、流れを変えることができなくて次の走者に申し訳ない気持ちがありました。

7区では高校の同期である西山選手(駒大)が走っていましたが
西山は僕より断然速いのですが、少しでも勝負できるように結構自分的にも意識して走りました。結果は全然遠く及ばず力の差が出たのかなと思っています。

復路19位からのスタートだったことについて、どのように感じていましたか
前半の遅れというのは、力が他大学よりも劣っている点があったので仕方がないと思います。しかし、復路は他大学とそんなに遜色のない力のレベルだと思うので6区、7区は4年、3年の僕らで流れをもう一度作り直さなければいけない中で、そういう結果になってしまって、後続の1年と10区の城越には申し訳ない気持ちです。

襷を受け取ったときはどのようなお気持ちでしたか
近くに他大学がいる中でしっかりその選手に追いついて、付いて、そこから上げていくというレースをしようと思っていました。実際はなかなか10キロから上げることができずにずるずるとそのペースのままいってしまったという感じです。

8区が繰り上げスタートしたことについては
6区と僕の7区でしっかり流れを変えなければいけない中で先頭と差が開いてしまい、襷をつなげなかったことはとても悔しいです。

総合19位という結果について、どのように感じていますか
19位という点については、法大は力がそんなにないという訳ではないと思います。流れという点で、後ろでレースを進めてしまったことが19位という結果につながったと思います。

来年の箱根に向けてお願いします
予選会は必ず通るという思いです。箱根で勝負することが僕らの目標なので、予選会は通過点とできるような力をつけることが大切だと思います。

 

土井大輔

―走った後の感想を
沿道の声援がとても凄かったです。名前で応援してくれる人も多く、走っていて楽しかったのですが、僕のところで襷が途絶えてしまったのですごく悔しい気持ちがあります。  

―襷が繋げなかった時の気持ちは
沿道の方から襷繋げろという声が聞こえて、走りながらつなごう、つなごうと頑張ったのですが、中継所に行った時に9区の本多がいなくて悔しかったです。  

―繰り上げの号砲は聞こえましたか
聞こえました。

―自身の調子は
自分の今の力から考えたら出し切ったとは思います。12月の頭に故障して、箱根駅伝も間に合わないんじゃないかと思っていたのですが、2週間前に走り始めれて(箱根には)なんとか合わせることが出来たので、走れたかなとは思っています。  

―エントリー変更からの出場でしたが
監督の方からは29日の区間エントリーの時点で「8区はお前で行くつもりだから」という言葉は受けていたので、エントリー変更は特に気にならなかったです。  

―1年生での箱根駅伝出場となりましたが
1年生から箱根駅伝に出るということが目標の一つだったので、それに関しては経験できて良かったとは思いますが、今日走ってみて出るだけじゃ駄目だし、ここで勝負できる選手に来年はならなければいけないなとも思いました。  

―これからの目標は
春のトラックシーズンは自己ベストを狙っていきたいです。関東インカレではハーフや長い距離で勝負していこうと思います。駅伝の予選会としては、春は全日本予選で秋は箱根駅伝の予選会があるので、そこでしっかり走りたいと思います。  

―8区では単独走だったと思うのですがそのあたりは走りに影響しましたか
僕自身単独走には自信があったので、周りの選手のペースに乱されないで走れたかなとは思うのですが、単独走がどうこうというより自分の力のなさで、速いペースで押していくことが出来なかったということが大きかったと思います。  

―今回の箱根駅伝を経て今後はどうしていきたいですか
僕たちの場合、1年で一番大事な大会が箱根駅伝であると思いますし、今回みたいに襷が繋がらないとか、19位だとか悔しい思いはしたくないので、今年の予選会を通過して、来年の本選では勝負できるように頑張っていきたいと思います。

 

本多寛幸

―レースを振り返って 
前日まで体調を崩していて、ぎりぎり間に合わせた状態でした。覚悟を持って走りましたけど、この復路のエース区間では実力不足と詰めの甘さを出た試合だと思います。  

―当日変更での出場でしたが
元々決まっていました。多分、往路の選手にアクシデントがあった場合は、僕が走ることになっていたからです。

―9区を言われたときの心境は  
区間エントリーのときに伝えられました。僕自身、覚悟はしていたので、エース区間として経験していこうと思いました。  

―昨日監督から言われたことは  
「前日はいつも通り走れているから、自信持ってお前を使う」と言われました。  

―佐藤主将からは
「いつも通り平常心を持って頑張れ」と言われました。  

―どういう準備をしてきたか
体の状態はしんどくて、気持ち的にも不安でした。それでも自分ならできると思ってはいましたけど、やはり復路のエース区間はそういうだましは効かなかったと思います。  

―体の状態については
1週間前ぐらいからお腹の調子があまり良くなくて、緊張なのかもしれないですね。  

―2つの繰上げスタートについては
悔しい思いはありましたし、自分が次の走者まで、襷を繋ごうと思っていましたけど、軽い脱水症状にもなったりマメもできたりしてしまって、本当に情けない走りをしてしまいました。本当にチームには迷惑かけてしまったなと思います。  

―自身の走りについて  
あの状態の中で、声援がなければ多分ぶっ倒れていましたし、本当に声援があってこその走りでした。点数をつけるなら、100点中、10点ぐらいですね。  

―これまでの駅伝との違いはありましたか
そうですね。沿道にはたくさんの人がいて、例え最下位でも声援を送ってくださるので、本当に素晴らしい試合だなと思いました。

―試合後に言われたことは
「ようやった」と。「起用したのは俺だから」ということを言われました。それでもやはり自分が情けないなと思いますね。

―引退する4年への思いは 
4年生には最後の最後で迷惑掛けてしまったと思います。走れなかった4年生もいるのに、申し訳ない走りをしたので必ず恩返ししたいと思っていますし、本当にお世話になったと思います。先輩達に感謝します。  

―今大会は1年生が3人出場しました
1年目は経験だと思うので、あの2人もそれぞれ感じていると思いますし、僕は絶対に来年必ずシード権以上に導けるように土台を作っていきたいと思います。  

―今年の抱負は
関東インカレでは上位に食い込みたいと思っています。1万メートルもハーフマラソンもしっかり走っていきたいと思いますし、箱根駅伝予選会も60分を切るレースをしたいです。箱根駅伝ではエース区間になる1区,2区でシード権に届くレースをしていきたいと思います。  

―4月には新入生も入ってきます
もう先輩になりますけど、先輩として箱根駅伝経験者として、しっかり後輩に箱根という厳しさを背中で見せていきたいと思います。  

―ファンへメッセージを
本当に自分は情けない走りをしてしまいましたけど、声援のおかげで心折れずに走れました。悪くてもプラスの言葉をかけてくれて感謝していますし、箱根駅伝を経験できたことに本当に感謝しています。ありがとうございました。

 

城越洸星

初の箱根路はいかがでしたか
声援がすごくて楽しめたかなという感じです。地獄をすごく楽しめました(笑)。

地獄というのはどのような点ですか
10キロのあたりからちょっときついなと思って、暑くて脱水症状になりそうでした。  

それでも区間9位の成績でしたね
予定通りにいっただけです。  

合宿中は距離を踏むことしかできなかったとおっしゃっていましたが
遅いペースだったので、本当だったらもう少し他の相手を引き離せたと思います。  

坪田監督からはどのような言葉をいただいたのですか
自分の走りをすることと暑さですね。例年よりも気温が高いので、後半バテないように水分補給をしっかりやるように言われました。

佐藤主将が外れてしまったことでチームに影響などはありましたか
主将としてしっかりチームをまとめてくれていたので、特に影響はありませんでした。  

全体としては19位という成績でした
9区の時点で(上武大と)差がないと言われていたので、最下位だけはなりたくないと思っていました。  

課題と収穫はなんでしたか
スタミナ面がまだまだ課題ですね。

来年の箱根ではどのような走りを見せたいですか
来年こそはシード権を獲得したいです。個人としてもチームに貢献できる走りができるといいなと思います。  

今後の予定は
立川ハーフにむけてしっかり合わせていきたいと思います。足の方もまだ不安があるのでしっかり治していきたいです。

 

有井渉

―最初で最後の箱根駅伝を振り返って  
結果を見ると厳しい結果になってしまいました。僕自身区間10番から15番を目指していたのですが、20番という結果になってしまって、走り終わってみれば他のみんなに申し訳ない結果になってしまいました。  

―2区での走りはいかがでしたか  
コースが大分きついのはわかっていたのですが、その上で、練習不足というか、力不足を痛感しました。  

―特に苦しかったところは
後半の権太坂の辺りから坂があったので、そこと一番は最後のゴール前の坂がきつかったです。

―風や気温の影響はありましたか
特には感じなかったです。

ー走り終わった後はどんな気持ちでしたか
直後はきつすぎて、病院に行ったりと、考えられなかったのですが、その後振り返ってみて、僕の後の3人が頑張ってくれていたので、もう少しいい位置で渡したかったなというのはあります。  

ー病院に行ったということですが、症状は
昨日は、確か手が動かなくなって、足は動かせはしたのですが、動かすとつるという状態でした。長いこと寝ているようにと言われていたので、1時間くらい寝ていました。

―2区にはどんな思いで臨みましたか
最後の箱根駅伝ということで、頑張りたいなという気持ちと、何より監督に2区という大事な区間を任されたので、チームの代表であるという責任を持って走りたいと思いました。  

―2区を走ることはいつ決まりましたか
正式な発表は区間エントリーの日だったのですが、予選会の後から何回か2区を走ることは言われていました。もともと自分としては2区を走ることはないとは思っていたのですが、そういう風に言われて、予選会後からはもしかしたら走るかもしれないという気持ちでいました。

―エントリー発表前から、監督からは2区だぞというのはあったのですか
そうですね、お前が2区だぞと合宿の時とその前に言われました。  

―2区で走ると決まった時は
監督が僕を2区での役割を果たせると思い、起用してくれたので、その思いに応えたいという気持ちが1番強かったです。

―2区は予選会1位の足羽選手が有力でしたが、その中で自分が起用されるということで何かありましたか
僕の中で1区は早いペースになると思っていたので、足羽が1区かなと思っていました。そうなると僕か他に数名しかいなかったので、足羽が1区になった時は、良い順位で持ってきてくれるかなというのはありました。

―正式に2区に決まり監督から何か言葉はかけられましたか
俺はもともと2区で使うつもりだったから、と言われました。正直2区だとは思えなかったので、自分で茶化してしまったのはありました。  

―自分の中で覚悟を決めた瞬間は
2回目に言われた時、こんなに念を押されて、自分がやらなきゃいけないんだなと思いました。また、予選会の結果を見て、自分が責任を持たなきゃいけないなと思いました。

―足羽選手から20位で襷を渡されましたが
一番下できついなとは思ったのですが、スタートする前の段階で監督と電話をして、足羽の状況を聞いていて、僕が頑張っていますか。と聞いたら歯を喰いしばって頑張っていると聞いたので、順位はきつくても、それだけ頑張っているのだから、その頑張りに応えなきゃいけないなと思いました。

―監督から具体的な指示は
僕を2区において、どういう展開にしたいのかを聞いたのですが、10番15番という順位でもらい、途中で抜かれても、抜かれた人たちを追うのではなく、自分のペースで走り、最終的に落ちてきたところを抜けばいいと言われていたので、自分のペースで行くことと言われました。  

―タイムについては
目標タイムから1、2分離れてしまったので、情けないです。

―区間順位の目標は
どんなに良くても10番で、最悪でも15番では行きたいなと思っていました。

―コンディションは
この1カ月半、何度か体調を崩したりと状態は悪かったのですが、直前になって状態は上がってきていたので、前日は凄く良かったです。終わってから脱水で病院に行くことになったりで、準備不足はあったのかなと思います。

―走り終わってから、何か監督からお話しはありましたか
昨日帰ってから、監督に電話をしました。僕が力不足だったということで、申し訳ありませんでしたということを言いました。そうしたら、監督自身は集団の中で走っていくというイメージで有井を2区で起用したから、前に誰もいない状況で走るという意識では置いてはいなかったので、その点については仕方ないとおっしゃっていました。

―見えるところに前に選手がいなかったことについて、ご自身はどのように感じていましたか
そこは考えても仕方ないと思っていました。前で走ってる選手がいないというのは、意識としては嫌な部分はあったのですが、白バイが前にいたのでそれを追っていくように監督から言われていたので、それを意識して走りました。

―沿道からの声援は聞こえていましたか
はい。前に箱根を走った中村から沿道の声援は途切れることはないと聞いていたのですが、実際に走ってみて本当に途切れることがないんだなと思いました。人が入れない場所以外は本当にずっと声援が途切れることがなくて、色んな人が応援してくれてそれで諦めることなく走れました。

―佐藤主将とは箱根駅伝の前にお話しする機会はありましたか
前日の夜に電話をかけてくれて、キャプテン不器用なんですけど、頑張れとかその言葉のひとつひとつに思いがこもっていて、その言葉を聞いて、彼のためにも頑張りたいなと思いました。 

―試合に臨む前までは、どのような練習をしていたのでしょうか
調整段階の練習だったので、試合の4、5日前まで7000mのビルドアップや試合の1週間前までは3000mをやっていました。  

―箱根駅伝前に、みんなで気持ちを入れるために何かしましたか
前日の練習でチーム全員が集合したときに、円陣を組んでみんなで気合いを入れました。

―この大学4年間を振り返って
前半、特に2年目がずっと故障をしていて苦しい時期があったのですが、そこで走っている選手を外から見ることができて、坪田監督ともコミュニケーションを取ったりして、自分自身の成長につなげることができました。その結果、最終的に4年目で箱根を走ることができたので、色んな苦しかったことも嬉しかったことも全部含めて、僕にとって良い経験だったのかなと思います。  

―卒業の進路は
JR東日本に普通に就活をして一般で入ったのですが、もしかすると競技を続けられるかもしれないのです。そうなったら全力で、目標に向かって頑張りと思います。箱根でやっと夢の舞台に立てたというのはありますが、不甲斐ない結果に終わってしまったので、この悔しさをバネにもう一度成長していけたらと思います。

―これまで応援してくださった方にメッセージをお願いします
4年間、僕が腐っていたときも試合に出ていたときも色んなときに様々な方に応援してくださいました。そういった支えがあって今の僕があるので、本当に感謝しています。ありがとうござい

 

藤井翔太

4年間の集大成となる箱根でした
やっぱり走ってチームに貢献したかったです。

走っているチームメイトを見て思ったことは
7区の中継所と土井、本多の応援に行きましたが、その前にランナーが抜けていった時、とにかく走りたかったなと思いました。

応援というのは具体的にどのようなお声がけをされたのですか
とにかく順位が下だったので、前を追っていこうということと、来年につながる走りをしていこうということです。  

法大での4年間の陸上生活はどのようなものでしたか
法政で箱根のために精一杯やった4年間の練習は自分にとっての財産になったと思います。ただ、箱根を走ることができなかったというのが一生の悔いになると思います。

今後の予定は
今後は実業団(武田薬品)で競技を続けます。

 

フォトギャラリー

  • tanakasakata R田中から坂田へ襷が渡る
  • tanaka R山下りの6区へ挑んだ田中
  • sakata R懸命に中継所を目指す坂田
  • doi R8区を走った土井
  • doi2 R給水を受ける土井
  • honda R9区本多は苦しい走り
  • shirokoshi R城越は区間9位の好走
  • kantoku R挨拶をする坪田駅伝監督
 

 

 

 

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