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仲間と誓った最後のインカレ 第85回全日本学生スキー選手権大会/スキー

秩父宮杯・秩父宮妃杯・寛仁親王杯第85回全日本学生スキー選手権大会
2012年2月21日~29日
会場:八幡平・雫石(岩手県)

インカレ後半に行われたランナー部門のクロスカントリースキー競技。スプリントでは1年生竹腰がA決勝、2年生藤谷はB決勝に残り得点を稼いでチームに貢献した。そして気になる総合結果は最終日のリレーに託された。

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アルペン部門集合写真

試合結果

ランナー部門

男子1部スプリント1.2km

順位選手名ラウンド
6位 竹腰 豪之介① 決勝A
10位 藤谷 勇仁② 決勝B
40位 神口 廉② 予選
47位 加藤 治門③ 予選
48位 祐川 翼④ 予選

男子1部10kmクラシカル

順位選手名タイム
13位 祐川 翼④ 27分25秒36
18位 藤谷 勇仁② 27分38秒2
31位 神口 廉②

28分10秒

40位 新田 拓也③ 28分34秒5
51位 加藤 治門③ 29分3秒3

男子1部リレー:6位

区間選手名タイム
1走(C) 祐川 翼④ 25分52秒8
2走(C) 藤谷 勇仁② 26分32秒6
3走(F) 新田 拓也③

24分26秒3

4走(F) 神口 廉② 23分27秒5

 ※(C):クラシカル走法、(F):フリー走法

学校対抗別得点 総合結果

 順位APCCNC/JP総得点
女子1部 8位 10 10
男子1部 9位 2 11 13

※AP:アルペン、CC:クロスカントリー、NC:ノルディックコンバインド、JP:ジャンプ

ランナー部門が後半戦で活躍!

 27日から行われたクロスカントリースキー競技では、初日のスプリントでルーキー竹腰(経1)がA決勝に進出し6位、さらに藤谷(社2)がB決勝に進出し10位と上々の滑り出しを見せ6点を獲得。
 また翌日の10kmクラシカルでは副主将そしてランナーチーフの祐川(社4)がスプリントでの雪辱を果たし13位に入り最上級生の意地を見せつけた。
 最終日に行われたリレーでは1走の祐川が4位で2走の藤谷へ繋ぐ。藤谷そして3走新田(理3) で順位を落としてしまったが、4走神口(社2)がなんとか粘りきり6位でゴール。5位にはわずか10秒及ばずも、7位には2分差をつけた。

女子は順位落とすも男子は上昇<総合結果>

  女子は8位、男子は9位と1部残留を決めた。現在ジャンプ部門の選手がいない法政。女子はランナー部門も不在のため、学校対抗得点はアルペン部門の成績がすべて。よって入賞者の少ない今年は昨年の5位から3つ順位を落とす結果となってしまった。
 一方の男子はランナーの活躍により順位を1つ上げることに成功。数々の大会で上位を獲得しているアルペンの結果が思わしくなかったことが残念だが、それもインカレの難しさだろうか。
 仲間と勝利を誓い合ったレース。 悲願は叶わずともその意思は後輩達にしっかり引き継がれたことだろう。スキー部のシーズンはまだ終わらない。この悔しさを胸に、再び次のスタートバーを切る。

選手コメント※アルペン部門男子コメント続き

前半はこちら→http://sports-hosei.net/other/post-191.php

皆川×中村×平賀

―4年間の学生生活を振り返って

平賀:僕は今日で終えたんですど、4年間スキー部入って、雪国じゃないところでスキーやってて、やっぱ法政大学のスキー部のアルペン種目って伝統的に強くて僕が入ったばかりの時は4年生の先輩にも3年生の先輩にもすごい先輩とかがいて本当にレベル高いスキー部で、先輩は卒業してからもワールドカップ出たりとかして本当に雲の上のような存在で、本当にこのスキー部でやっていけるかなってくらい心配で実力差があって。でもその人たちと一緒にできたことが本当に大きくて大学に入って本当に自分が先輩とか見てきて成長できて、同期にも中村とかが全国中学校おか優勝してて、高校の時も国体で優勝してて、本当にすごい選手で、こんなスキー部でやるこtが幸せで、仲間にも恵まれて一緒に練習できてやっぱ大学入って自分もどんどん成長いって、あの時雲の上のような先輩にも結構追いついてきて、でもやっぱり自分一人ではここまで来れなかったなっていうのがすごく今思ってます。仲間がいて、本当にいい環境でできて、ここまでやってこれたし、本当に4年間感謝してます。本当にいい仲間を持てて幸せでした。

法政二高のスキー部出身ということですが、二高は部員数はどれくらいだったんですか

平賀:僕の代は3人とか…存続の危機くらい。(笑)本当神奈川とか東京でスキーやるのは厳しいんで、今は十何人とかいるんですけど、やっぱり全国で戦える選手なんて誰もいないですよ。本当にレベルの差が激しくて。雪国と雪国じゃないところと。雪国の選手とかだと30分くらい行けばスキー場だと思うんですけど、僕らは3時間くらいかかるし。雪国じゃないところでスキーやるのは厳しいですね。部員も少ないし。でもその違う環境でやってても負けたくないっていうか、雪国じゃないところでもできるってことを見せたくて頑張ってました。

皆川:僕自身中学校、高校とスキーでたいした成績なかったんですよ。国体も出場したことなくてその中で法政大学になんとか入ることができて、僕自身ここまでのスキーヤーとして戦える位置になることは考えてもなかったんですけど、でもやっぱり北海道出身として負けたくないっていう意地もあったし、北海道のくせに強い選手でもない。なんとか大学に拾われた身としてもエースの中村和司がいて、そういう選手がいる中で自分に何かできることはないかって考えたときに、4年間しかないんで精一杯自分で努力して結果残そうと思った結果がこれで、1年生、2年生、3年生、4年生ときて順調に花壇としは上がってきたと思うんですよ。ある程度戦える地位にも来たけど、それは強い先輩たちがいたからだし、強い選手から学ぶべきものってのを私生活から練習面まで知りたくて。私生活からしっかりしてる人もいればそうでない人もいて、でもスキーはやっぱり強くて。何が違うんだって…スキーのことをやっぱり自分自身がわかってるんですよね。自分z新を知ることが大学入って大事だなって思ったし、夏場から冬場とかどういう練習するかっていうのはチームとして動いてるけども一人一人違う練習方法もあるし、求める場所がやっぱり違うんですよね。なんでぼくはインカレ入賞しようとか考えた時に自分でこうしようって考えたり、自分が考えたことで今の自分があるし、本当に4年間後悔はなかったし、恵まれた環境でスキーできたし、なによりエースの存在の中村和司がいて、本当に自分がすごいなって思う選手がいて、追いつこう、もっと上行こうって思って努力して4年間これたことは本当に宝だと思うし、なんていうんだろうな…法政大学のスキー部入って本当に後悔なくて技術として上げれたし、人間性も高められた4年間だったなと思います。

―今年1年は主将としていかがでしたか

皆川:それが後輩にどう通じてるかは僕自身わからないですけど、僕らの中で法政大学とはこういうものだって思って来たので、残すべきところは残して。今、法政大学って日本の大学の中で厳しいといわれている方なんですけど、なんで厳しいかっていうと人間性を育てるために厳しさを残している。それは下級生の頃はわからなかったんですけど、上級生になっていざ考えてみると、1年生、2年生の時の経験が今生きてるんだなと。これからの人生でも生きるなと思ったから僕らは後輩のルール、寮生活のルールもあるし部のルールもあるし、そういうのを残して、いらない部分は削除したりとか、もっとスキーに集中できるようにしたりとか、色々頑張って、うまくチームとしてまとめられた気はするんですけど、なにせ僕らインカレで結果出せなかったっていう。後輩に背中を見せられなかったのが後悔ではないですけど、自分の出し切った部分もあるんですけど…悔しいです。

―中村さんはこの4年間を振り返っていかがでしたか

中村:4年間でチームってものに対しての考えがたぶん一番大きく変わったのは僕じゃないかなって思います。ある程度高校で結果出してきて、入った時に3年生と4年生にナショナルチームにいた人が僕と同じメーカー使ってる人で、面識もあって、練習も一緒にさせてもらったり、レースも一緒に出たり、勝ったりとかもしてたんですけど、大学入ってそれなりにはできるだろうっていう奢りみたいなのがあって。べつにチームの中でちゃんとしなくてもインカレでポイントとればいいんだろっていう部分もあったり、1年生の時なんて全く練習しなかったんですよ。練習にしに行くふりしてどっかで休んでたりとか、寮は1年生は法政スキー部本当に厳しくて練習なんかやってられるか、授業も出てられるかって、寝てたり、他の場所行ったりしてて、今思えばしょうもないんですけど、いざインカレ出てみたら1年生の時全く駄目で、ふてっちゃったんですよね。全然やる気なくしちゃって。その1年生のインカレの時に慶多(皆川)がポイント取って、他のレースとか一緒にしたりしてこの二人がすごい僕がダメなときに頑張ってるというか、夏も練習するし、冬も高校のときよりステップアップしてくのを近くで見るわけじゃないですか。それで負けたくないって気持ちが出てきて。同期だし。で、実際そこから本当にに夏もしっかり練習するようになって、スキーに対しての考えも変わってきて、はっきり言ってスキーで頑張ってるのはコーチだったり先輩だったりのおかげっていうのもあるんですけど、僕の中では1番はこの二人のおかげなんですよね。二人がステップアップしてくるから僕も負けたくなくてやっぱり。もっと上に行こうって気持になって。そのために練習しなければならない。僕のモチベーションというか支えみたいな感じですね。たぶんこの二人いなかったら大学4年間ずるずるきちゃってだめになってたんだろうなって、すごい思って…。上級生になった時、そういうのがチームなんだなって思いました。で、今年チーフやって今度引っ張っていかなければならない立場。でも結果はこの通り。大学4年間で唯一悔いが残るとしたら、自分がチーフになった年で、チームを引っ張れなかったってことですね。夏から色々練習考えたりしたんですけど、今までの3年間は二人に引っ張ってきてもらったようなもんなんですよ。で、今年僕が引っ張ろうと思ったんですけど、結果としてだめで。アルペンでだめだったってことはやっぱりチーフの僕がしっかりしてなかったっていうか、力量不足だったと思うんですよ。なので悔いが残るとしたらこの二人に恩返しができなかったっていうのが…。でもこの二人に出会えたのは僕の中で財産というか、この二人とはこれらも仲良くしていくんじゃないかなと思ってるんですけど、仲良くしてくれるといいんですけど。(笑)

一同:(笑)

中村:僕は社会人になってからも競技続けていくんですけど、この二人が今度はファン1号2号になってくれるんじゃないかなと思って。(笑) まだこれからシーズン続くので、これからのレースと、来年以降、この二人に報告できるような、自慢できるような成績残して恩返ししていきたいなと思います。

―話は変わりますが監督はどんな存在でしたか

皆川:ゆるいですよね。見たまんまです。(笑)

一同:(笑)

平賀:監督は今年就任したばっかなんですよ。1年目でいま。

皆川:僕らにだいぶ信頼おいてくれてて、僕らの意見に任せてあまり口出ししないんで、そういうスタンスをとってくれたので、部のルールも決めごとも僕らが決めてスキー部としてはつくってきたんで、監督は影で支えてくれてる存在ですね。でも僕に言わせてもらうともっと強い存在であってもいいんじゃないかなって思います。

―では最後に後輩たちへ一言お願いします

皆川:たよりないっすよ。(笑) でも必ず何か秘めてるんで僕らが伝えようとしたことを後輩がわかってくれれば、それだけでもきっとプラスになるだろうし、それ以上に後輩達が僕らを見たりとか他のやつらを見てプラスにできることがあるんだったら、それより強いことはないんで、結局スキーっていうのは個人種目なんで、個人として強くなるのは自分自身の問題なんで、僕らができることは後輩自身に任せるだけだと思います。

平賀:でも後輩はスキーの実力からしたらそこまで強くないんですよね。でもあいつらはあいつらで一人一人いいところがあって、そういうところはすごく刺激受けますし、4年生になって後輩の大事さもわかったので良かったです。本当にやっぱり法政大学スキー部の一つのチームがあったからこそ今の自分があると思うので、ほんとよかったです。かなりチームに恵まれました。あいつらも俺らを見て頑張ってくれてると思うんで来年からすごい期待したいですね。

 

フォトギャラリー

  • inkare3-1アルペン部門集合写真
  • inkare3-2胴上げされる主将の皆川
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