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【フェンシング特集】スポーツ法政新聞8月号番外編 法大フェンシング部OB見延和靖選手インタビュー全文公開~『古巣』法大への想いと東京五輪へ向けて~


2019年6月26日(水)
味の素ナショナルトレーニングセンター

2020年に開催される東京五輪の開幕が刻一刻と近づいている。8月5日に発行されたスポーツ法政244号2面では法政大学フェンシング部OBの見延和靖選手(平23年度卒=現NEXUS株式会社所属)の特集記事を掲載。五輪出場へ向けた意気込みや、法大での日々を語っていただいた。今回はインタビュー全文を公開する。

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スポーツ法政244号2面では法大フェンシング部OB見延選手に取材を敢行

2018~19年度主な戦績

大会名/開催地(開催年)結果
ワールドカップ/ドイツ(2018) 個人:優勝
アジア選手権/ジャカルタ(2018) 団体:優勝(日本初)
 ワールドカップ/スイス(2018) 個人:優勝
全日本選手権(2018) 個人:優勝
グランプリ/ハンガリー(2019) 個人:優勝(日本初)
ワールドカップ/アルゼンチン(2019) 団体:優勝(日本初)

インタビュー全文

 日本代表選手を数多く輩出する法大フェンシング部出身、現在はNEXUS株式会社に所属する見延和靖選手(平23年度卒)。フェンシングは3種目に分かれるが、見延選手はエペ種目でオリンピック、世界選手権に次ぐグレードのグランプリ大会で2勝、W杯でも1勝をあげる活躍を見せ国際連盟の世界ランキングでは2018~19年シーズンの年間者を獲得。スポホウは見延選手にインタビューを敢行。今後の展望と『古巣』法大への思いを語っていただいた。

―最近の大会成績についてご自身が感じていることを教えて下さい
僕は、フェンシング競技の中でもエペという種目になります。主な世界大会はグランプリ大会が3試合、W杯が5試合開催されています。競技特性も関係してこの8大会で複数回優勝を飾るということは、非常に難しいことだと思っています。世界ランキング上位100選手全員に優勝するチャンスがあると言われるほどで、それだけ大会の都度に勝負所が変化するので、勝ちにくい競技だと考えています。僕も今までずっとそのように思っていましたし、まさか自分が世界大会で複数回のタイトルを得ることができると思っていませんでした。ですから、よく海外の選手にも「どうなっているんだ、お前は」と言われることもあって、僕にもわからないと答えています。しかし、自分でこの結果を分析して思ったことは、2020年の東京五輪を目前に控えて、より注目を浴びるようになり皆さんに応援していただいているということが僕にとって後押しになっていると実感しています。

―日本で開催されたアジア選手権を振り返って
正直アジア選手権は、不甲斐ない結果に終わってしまい、悔しい気持ちでいっぱいです。今回は、団体戦へ照準を合わせていたので、団体戦の優勝しかないと思っていました。五輪でメダルを獲得するにはまず出場権を得るということから始めなくてはなりません。出場権を決定することは団体戦ではアジア圏での枠決めになるので、そういった意味ではアジア選手権は他国のライバルとの直接対決となる機会でした。チームの士気も高く、優勝するつもりで向かっていったのですが、逆に勝ちたいという気持ちが前に出すぎてしまった気がします。その空気がチーム全体に影響してしまい固くなってしまったことが(準決勝の)中国戦の敗因だったと思います。3位決定戦では、全員の持ち味がしっかりと試合で生かされていて、良いプレーが出来ていました。プレッシャーのかかる場面で自分のプレーをできるようにすることが、今後の課題だと考えています。

―アジア選手権では使用していない競技道具を途上国へ寄付するというプロジェクトにも参加していましたが
僕は国際連盟のアスリート委員も務めておりまして、2020年に東京オリンピック・パラリンピックが控える中で、何か活動をしようという動きがありました。そしてアジア選手権でも急遽プロジェクトを行うことになりました。

―反響などはありましたか
そうですね、このプロジェクトは、ここ数年世界でも競技普及活動としてやってきていることでした。一人でも多くの方にフェンシングを知ってもらえるということは選手にとってとてもうれしいことですし、この活動が逆に日本国内でも盛んになればいいなと思っています。

―全日本選手権のポスターモデルとして起用されるなど日本フェンシング協会の施策にも参加されていますが、太田雄貴会長とは普段どのようなお話をされていますか
2つ上の先輩でもありますし、色々なことを話します。会長と選手という立場でもお話しをしますし、もともとは同じ選手でもあります。どのような話を、と言われると色々な話をしているので難しいですが、やはり頼れる先輩であり、憧れの先輩でもあります。困った時は気軽に相談できますし、相談した時は自分が気づかなかったようなお話をしてくださるので、常に「兄貴」というより「親分」という気持ちで慕っています。

―日本フェンシング協会の取り組みを選手という立場からどのように感じていますか
やはりまだ試行錯誤の段階と言いますか、近くで試合を観るということは確かに迫力もありますし、魅力でもあるとは思います。しかし、その『距離感』というものがどのぐらいがベストなのかということに関してはまだ手探りをしている状態だと感じています。あまりにも選手と観客の距離が近いと選手側も視界に入ってしまい、試合に支障が出るかもしれません。しかし、僕たちも近くで観て欲しい、楽しんでもらいたいという気持ちがあります。そして応援をしてくださる方たちがいることは僕たちの力にもなるので、集客は非常にありがたいことですし、全面的に協力していけたらと考えています。

―日本ではフルーレが花形種目だと認識されていますが、エペの普及に関してどのように思っていますか
そうですね、フェンシングの普及について考えるならば3種目のうちどの種目かが世界大会で勝つことが大事だと考えています。その点では、胴体だけが有効面になるフルーレならば、ターゲットが小さくなるので小柄な日本人でも有利だと思います。その一方で、観ていてわかりやすいと思うのはエペだと思います。ただ突けばいいという一番シンプルな種目なので、フェンシング競技の入り口になれればと思います。

―見延選手が思うエペの魅力は何ですか
全身が有効面なので突かれたら負けですし、一瞬の間の取り合いや、剣が接触する以外の部分の駆け引きなどが見えてくるとフェンシングという競技が面白く見えてくるのではないかと思います。選手の性格などもプレーの特徴も大きく関わっています。

DSC 0871 R取材日がアジア選手権終了後だった為、試合を振り返っていただいた

―高校からフェンシングを始めたということですがきっかけを教えて下さい
父親からフェンシングをはじめないか、と声をかけられたことがきっかけでした。全ては法政大学に入るためでした。大学進学を目指すにあたり、勉強をするという道も確かにあったのですが、スポーツで大学へ入るという手段もあるよ、と勧められた時に確かにその道もあるな、と思いました。そして僕が通う予定の高校がフェンシングの名門校だったこともあり、体験練習に行きました。参加した時に、すごく自分に合っているスポーツだと思いました。父と相談したうえで、「フェンシングなら3年間打ち込んで大学進学を目指せる」と思い競技をはじめました。

―お父様は法政大学出身ですか
いえ、父は法政大学出身ではなかったのですが、僕自身東京の大学に行きたいというビジョンがあり、法政大学は憧れの大学でした。そして過去にも僕の出身高校から法政大学でフェンシングを続けたという先輩もいらっしゃったので、目指していました。

―高校時代はフルーレとエペの掛け持ちだったと伺いましたが
掛け持ちというよりは、高校の時は大会がフルーレ種目のみしかないのでどうしてもフルーレでしか試合に出場することができなかったからです。エペに関しては、唯一インターハイの県予選ではエペでエントリーすることができたので、その時ぐらいから始めました。その時にエペの楽しさを知ったので、大学へ入ったらエペをやりたいなとずっと思っていました。

―法政大学を選んだきっかけは他にありますか
もちろん法政大学と言えば、フェンシングの超名門校だったからです。日本フェンシングの歴史と同じくらい長い歴史があると思います。僕が当時憧れていたスター選手のほとんどが法政大学出身だったので、ずっと憧れでした。

―在学中に印象に残っていることはありますか
法政大学は毎年、全国で必ずと言っていいほどタイトルを獲得していますが、今振り返ってみるとよくあの小さなフェンシング道場で結果を出していたなと思います。市ヶ谷体育館にある道場は今も良く覚えています。ナショナルチームの練習場は、良い環境を整えていただいていているのですが、大学在学中のことを思い出すとやはりその練習場に伝統を感じます。あの練習場を活用しながら、OBやOGの方を中心に多くの方の支えがあって、選手たちが輝いているので青春の場所だと思っています。

―現在もナショナルチームに法政大学の選手が所属していますがお話はされますか
もちろんです。現在休学中ですが西藤俊哉くんは、今回アジア選手権で結果を出しましたが、2017年の世界選手権でメダルを獲得して以降、悩んだ時期もあったと思います。あまり本人の負担にならない程度に、僕からアドバイスできることがある時は話をします。

―在学中に印象に残っている公式戦を教えて下さい
4年生の時に法政大学として最後に出場した全日本選手権の団体戦です。その時の決勝戦は今現在所属しているNEXUSとの試合でした。最後まわりでは法政大学OBの先輩と対戦しました。5点差だったのですが、最後に僕が逆転して優勝できたことが今でも印象に残っています。この全日本大会の優勝で、大学の公式戦と全日本選手権を含む5大会全てでタイトルを獲得することができました。そして、当時の監督さんが男涙を流してくれて、僕は今でもあの涙が忘れられないものとして記憶に残っています。

―現役で活躍する法政大学フェンシング部員の皆さんにメッセージをいただけますか
フェンシングは、いつ成長を遂げるか分からないと思います。僕自身も、高校を卒業するまでは強い選手ではありませんでした。ですが、法政大学で育てられて、学ばせていただいたことで成長しました。ですから、在学中の選手たちもぜひ自信を持って欲しいです。プレッシャーのように感じてしまうかもしれませんが、伝統と歴史を背負って今後もプレーしてくれることを願っています。

―学生時代は卒業後の進路はどのように考えていましたか
実は大学生の時は、オリンピックに出たいとは全く考えていませんでした。大学を卒業して競技を辞めてもいいかなとも考えていたのですが、たまたま現在所属しているNEXUSの法政大学OBの方からお声かけ頂いて、せっかくならやれるだけやってみようかなと思いました。ですから、フェンシングと真剣に向き合うようになったのはその頃からのような気がします。学生の時は社会人になったら競技は続けないだろうと思っていたので、先輩に声をかけて頂いてプロとしてプレーをすることで、改めて真剣に競技に取り組もうと決心しました。

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学生時代には4年次に学生大会、全日本選手権の5大会で優勝(写真は本人提供)

―現在のお話に戻ります。2020年東京五輪に向けてポイントレースが始まっていますが現在のお気持ちを教えて下さい
開催地枠もあるのですが、それではランキングがつかず、実際のトーナメントを勝ち上がっていくことは難しいと思っています。あくまでも目標は(五輪に)出場することではなくメダルを取りに行くことなので、そのためには選考レースのシーズンでさらに実力をつけてランキングを上げ、出場権を得て良い位置につけてオリンピックで戦うということが求められます。まだ選考レースが続きますが、一試合も気を抜くことができない戦いになるので、きちんと気を引き締めて挑みたいと思います。

―ご自身の目標は
東京五輪で個人、団体共に金メダルを取ることです。

―ご自身のプレーの強みは何ですか
長いリーチを生かした間合いからの攻撃と、タイミングの取り方は独特だと言われています。ですから、タイミングを使ったカウンター攻撃も得意です。

―ご自身の性格は
おそらく職人気質だと思います。一つのことにのめり込んで一つのことを極めるということに向いている気がします。

―こだわりの練習方法やルーティンなどはありますか
あまりないですね。ナショナルチームの練習も、実戦練習が多いです。

―年間を通して過密な試合スケジュールをこなしていますがどのように息抜きをしていますか
僕はもともと福井県出身なので、休みの日は地方の山とか、川とか海に行って自然の中で英気を養っています。

―集中力を保つために心がけていることはありますか
やはり集中を抜くことだと思います。ずっと集中をしていると疲れてしまうので、その抜きどころや抜き加減が難しいところだと思いますが、上手く抜くことが大切だと考えています。

―大事にしている言葉や考えはありますか
なんでも楽しんでやろうということはいつも思っていて、やはりそれが生きるモットーではないかと考えています。

―競技をするうえで精神面において心掛けていることはありますか
僕が一番心掛けていることは騎士道精神です。やはり欧米の騎士道精神がもととなっているスポーツではありますが、それに加えて僕は日本人がずっと昔から大切にしてきた大和魂や武士道を大切にしています。やはり、自分が日本代表として戦っているので、日本人の戦い方と言いますか、武士道こそが日本を背負って戦ううえで重要な価値観だと考えています。

―今後法政大学への進学を目指す学生にエールをお願いします
大学の4年間という時間は非常に特殊な時間だと考えています。いくらでも無駄にできるけれど、いくらでも自分の身につくことができる期間だと思うので、大学生の時にしかできないことがたくさんあると思います。色々な興味を示すことができますし、興味を持ったら妥協することなく楽しんで色々なことを取り組んで欲しいです。

―見延選手にとって法政大学とはどのような場所ですか
今周囲を見ても法政大学の関係者の方が多いので、やはり僕の人生を大きく変えた場所なのではないかと感じています。本当の意味でフェンシングの才能が開花した場所は法政大学だったのではないかと考えていますし、僕の実家は福井県にありますけど、『第2の故郷』のように思っています。巣立った場所であり、戻るべき場所であると思います。

―最後にファンの皆さんへのメッセージをお願いします
東京で開催される五輪というものは競技人生の中でも最初で最後の大会だと思っていますし、なかなかこのようなチャンスはないと思っています。開催されるからには、みんなで成功させたい、みんなで戦っていきたいと思っているので、フェンシングという競技を、多くの方が応援してくださるようなプレーを自分自身ができたらなと思います。

DSC 0892 R色紙を持ち笑顔を見せる見延選手

 (取材:梅原早紀、写真:片山和貴)

SNS関連情報

●見延和靖公式Facebook(official)
https://www.facebook.com/kazuyasuminobe/
検索:見延和靖、Facebook
●instagram
https://www.instagram.com/eminobe/
検索:eminobe、instagram
●公式ホームページ
http://kazuyasu.net/

フォトギャラリー

  • DSC 0892 R色紙を持つ笑顔を見せる見延選手
  • DSC 0851 Rおよそ40分にわたりお話を伺った
  • DSC 0858 R学生時代のことを伺うと、時折笑顔を見せた見延選手
  • DSC 0893 R現在は味の素ナショナルセンターで練習を行っている
  • S  255918082 R法政大学で4年間を過ごした(本人提供写真)
  • S  255918084 R4年次には学生大会、全日本選手権団体で五冠を獲得(本人提供写真)
 
 
 
 
 

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