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【水泳】第97回日本選手権 赤羽根康太 五輪代表ならずも久々の51秒台をマーク!今後も自分自身に打ち勝ち、世界を狙う!

第97回日本選手権
2021年4月9日
東京アクアティクスセンター

100mバタフライに出場した赤羽根康太(令2年度卒)は51秒99で6位だった。在学中から一番の目標として掲げていた東京五輪出場は叶わなかったが「日本選手権に向けての取り組みは後悔のないようにやってた」と胸を張った。今後も社会人選手として一歩一歩着実に成長していくつもりだ。

「常に過去の自分を越えられるようにするのが今後の目標」と話した。

記事

100mバタフライで東京五輪代表を狙ったが、代表内定となる2位以内には無念にも届かなかった。それでも「徐々に成長できていることを感じることができた」と語ったように意味のある敗戦になった。

社会人としての覚悟

甘えを許さない厳しい心構えには社会人としてのプライドがにじんだ。 3月に法政大学を卒業し、気持ちを新たにして臨んだ東京五輪代表選考会。「生半可な気持ちで競技を続けることはできない」。日本選手権で決勝に上り詰めるのは今回で3度目だったが、スタート前、これまでとはどこか違った雰囲気を醸し出していた。「決勝でインター(インターナショナル・強化標準記録)を切れなかったらその日のうちに水泳を辞めよう」と覚悟を決めていた。

五輪切符の重圧がかかる中で赤羽根は自分に言い聞かせた。「51秒3を狙い、そのタイムで代表を勝ち取れなければ相手を称える」。「vs誰かではない」。戦う相手は自分だと、普段通りの泳ぎに徹した。見直してきたスタートからの浮き上がりを決め、スピードに乗った。入りの50mは24秒06。「壁ターンしてからの50mを27秒2あたりで来るようなトレーニングをやってきた」。このまま練習の成果を発揮できれば、十分に記録を狙えた。だが、そう上手くはいかなかった。後半の50mは27秒9。かろうじて51秒台を出し、最低限の目標であったインターも突破したが世界を知る先輩たちの牙城を崩すことはできなかった。今回の赤羽根のタイムは決して悪いものではなく、2年前なら3位に相当する好記録。だが、それだけ100mバタフライは上のレベルが向上し、新たな時代に突入していると言える。

自分との戦い

「努力じゃ天才には勝てないと思い知らされた」。 2月のジャパンオープンのとき、赤羽根はライバルたちに大差を付けられ、こう語っていた。しかし、今回は自分自身を悲観せず、冷静に現状を受け止めていた。「スタートからの浮き上がりで周りに対して遅れをとらなくなった点で着実に力を付けられているなと実感できました」。二兎追うものは一兎をも得ずとばかりに、欲張らず、まずは足元を見つめる。決勝でタイムを上げることができた点も収穫の一つ。「決勝に向けて勝負というよりは、どうやって自分の力を出し切れるように調整していこうかなと一番考えていました」。久しぶりに52秒を切れたのはまさに『今』に集中した結果だった。

だからこそ、3年後のパリ五輪はまだ特別意識はしていない。「一年一年戦っていくことが大事」と赤羽根。これからも地道に鍛錬を重ね、一段一段世界への階段を登っていく。そして近い将来、日の丸を背負う日が訪れるかもしれない。

(記事:根本 成)

インタビュー

ー 大会を終えての今の気持ちは
2月のジャパンオープンで結果を残せず、行き詰まったような感じになりましたが、そこからの2ヶ月、日本選手権に向けての取り組みは後悔のないようにやってきました。今回ベストが出なかったという点は心残りですが、今は清々しい気持ちです。目標としていた東京五輪に届かなかったのは自分の実力不足だと認めるしかないです。

ー すでに切り替えはできていますか
レースを通して今回代表を決めたトップ選手との差を痛感しました。ですが、自分の課題が明確になり、今後やるべきことが定まったのでその点に関しては次に繋がる大会になったのかなと感じています。これからしっかりと来年に向けてであったり、3年後のパリに向けてのトレーニングプランを考えていきたいです。

ー 2月のジャパンオープン後はどうやって立ち直りましたか
仮に4月を最後にすると決めた時に、後悔をしたくないという気持ちがありました。勝てたのに勝てなかった、後0.1秒届かなかったとなった場合に、あの時しっかり練習していれば良かったなというような思いはしたくなかったので、1日1日を大切にしないといけないなと考えながら練習をしていました。振り返ってみると、ジャパンオープン後少しは引きずりはしましたけど、いざ選手権に向けてのトレーニングが始まると水泳のことしか考えていなかったと思います。

ー 2月、3月の練習の出来、手応えは
一言で言うと、今までにないくらいやってきました。ナショナルトレーニングセンターで宮本と一緒に練習をしていたのですが、メインとなってくる練習以外は彼と同じだけやってきました。宮本は長距離で僕は短距離に属しますが、そこを撤廃して、同じ練習メニューをこなしたり、練習回数を近づけてできるだけ身体に負荷をかけるように取り組んできました。ジャパンオープンのときは決勝でタイムを落としてしまった部分があったので、そういう意味で何本泳いでも耐えられる身体作りというのを一つテーマにしていました。

ー 技術的な部分ではどういった練習をやってきましたか
スタート処理やターン処理、あとは水中動作をテクニックの部分ではメインにしていました。実際、今回の試合でその成果が出て、今までは15mの通過が5秒7とかでしたが、今回は5秒5で通過できました。そこの0.2秒が僕にとっては結構大きくて、速い選手だと5秒前半で通過していますが、大体の選手は5秒5で通過しています。これまでは15mの段階で0.2秒ほど遅れていましたが、ようやく周りと並べることができるようになったのでテクニックの練習をしてきた甲斐がありました。

ー 大会前の心境は
ジャパンオープンやその前の日本選手権ではvs誰かで考えてしまっていたところがありました。でもコーチからそういう考え方でない方が康太は速いって言われて、今回はvs誰かではなく、自分のためにというか、自分との戦いというのを一番意識していました。振り返ってみればベストを出したインカレのときは絶対に51秒台を出さなきゃいけないと考えていましたし。今回は51秒3あたりを狙っていて、もしそのタイムで代表を勝ち取れなければ相手を称えるべきだという考え方に変えて試合に臨みました。これまで以上に練習はしてきたので自分に自信がありました。

ー 予選、準決、決勝とタイムを上げていきました
予選はもうちょっとタイムが出るかなと思っていたのが正直なところです。最近は予選を52秒前半でまとめることができていましたが、今回は52秒5かかりあれっ?となりました。でもその時の自分を間に受けずに、準決勝では上げられるだろう、何とかなるだろうという風にして力の加減を少し変えて準決勝を泳ぎました。準決勝から決勝にかけては肉体的にも精神的にも疲労を感じていました。いかんせ100mバタフライは大会の後半にあったのでそういったのも影響したのかなと思います。終わってみて思うのは予選のタイムからして、よく決勝で51秒台まで上げることができたなということです。

ー 予選で上手くいかなかったところは
アップまでは良かったのですが、なんか始まる前に吐きそうなくらい緊張していました。先程言ったようにスタートからの浮き上がりは結構良かったです。でも始めの1かき、2かき目で泳ぎの感覚が良くないように感じました。実際、前半のストローク数が1回多くて、その分後半もたなかった感じです。予選はめちゃくちゃでしたね。

ー 準決勝は一つ山場だったと思います
準決勝は正直、一番緊張しますね。いわゆる予選のタイムでは決勝に残ることができないわけですよ。僕自身、何とかなると思いつつも、やっぱり心のどこかであれっ?というのを感じていたので自我を保っていられるように、予選で出た課題を準決勝で修正して自分らしい泳ぎをしようと言い聞かせながら臨みました。緊張しながらも、そこで空回りせずにレースができたのかなと思います。

ー 準決勝が終わった直後の気持ちは
なんとか準決勝で52秒前半までもっていけて、決勝に残れたという一安心もありました。でも同時に準決勝から決勝にかけて何ができるか、何をすればやってきたこと+αのものが出せるかというのをレース直後はずっと考えていました。本音を言えば、準決勝でインターや派遣を切っておきたかったという気持ちがありました。その時点で想定よりも良くないなと感じていたところがあったので、決勝に向けて勝負というよりは、どうやって自分の力を出し切れるように調整していこうかなと一番考えていました。

ー 決勝に向けて修正した部分は
予選と準決勝では後半に追い上げるレースができていなかったので、後半のタイムをどう上げるかというのを考えて過ごしていました。特別なことはしていませんが自分らしいレースをするための準備、午前中にしっかり脈を上げておくとか、身体を休めて筋肉を締めるとか過去に上手くいったときにやっていた行動を思い出して行動していました。練習としては後半を意識したペース練習を行いました。

ー 決勝前の心境は
準決勝でインターまであと0.1秒届かず、決勝でインターを切れなかったらその日のうちに水泳を辞めようと思っていました。やはり社会人という以上は、生半可な気持ちで競技を続けることはできないので最低でもインターということを考えていました。テレビ放送のときに僕が入場を待っているところを映されて、表情から緊張感が伝わってきますねって言われていたらしいのですが、実際考えていたのは「やべぇ。こんなに練習してきて51秒台すら出なかったらどうしよう」という感じでした。

ー 決勝のレースを振り返って
準決勝は前半を24秒0で楽に入れていたので、そこの入りは意識しつつ、準備してきた課題の後半を上げられるようにと泳いでいました。ですが実際は後半上げられず、今回は自分らしいレースが一本もできなかったなと感じています。やってきたことに後悔はないですけど、もっと違ったアプローチで練習ができたのかなとも思っています。ひとまずインターも切れて、51秒台が出ましたけど、それでも6位かという感じです。次に向けて何で今回後半を上げられなかったのかしっかり分析して取り組んでいきたいです。

ー 練習の手応えからして今回のタイムは妥当ですか
前半はスムーズに泳いで、壁ターンしてからの50mのタイムを上げる練習を多くやってきました。バタフライはタッチターンなので具体的には手から手までのタイムで26秒台で来るとか、27秒2あたりで帰って来るようなトレーニングをずっとやってきてはいました。ただ、今回は一番速かった後半のタイムは決勝の27秒9だったので練習でやってきたことが反映されたとは言えないのかなと思います。ちょっとそこは何とも言えない終わり方になりました。

ー 今後も後半の泳ぎを課題に練習に取り組みますか
ただ後半50mという風に考えるのではなくて、50mから75mと75mから100mに分けてそれぞれでタイムアップを図っていきたいです。ターン後のスピードを上げて、75mまで維持する。それができるようになったら、さらにスピードを維持する距離を伸ばしていくという感じでやっていきたいです。

ー 大会を通しての収穫は
五輪選考会という舞台で3回泳げたこと、そして3本ともタイムを上げられたことは良かったと思います。またスタートからの浮き上がりで周りに対して遅れをとらなくなった点で一歩ずつ着実に力を付けられているなと実感できました。数年前までは自分が五輪選考会の決勝に残るとかトップと戦うとか考えていなかったので、トータルで見たら今回目標は達成できませんでしたが、細かく見れば徐々に成長できていることを感じることができた試合でした。

ー 次の大きな目標は
今は一年一年戦っていくことが大事かなと考えています。パリ五輪を視野に入れていない訳ではないですが、一年一年で確実に成長していって、選考にかかっていければいいと思います。来年は世界水泳があるので、コンスタントに51秒台を出しつつ、トップを目指していきたいです。まずは自己ベスト更新、そして常に過去の自分を越えられるようにするのが今後の目標です。

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