【サッカー】4年生特別インタビュー⑤ 蓑田広大 編

2021年1月7日(金)
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約1カ月前、法政大学体育会サッカー部の2021シーズンが終了しました。夏には総理大臣杯を制覇し、日本一を達成。リーグ戦やインカレなどのタイトルは逃したものの、最後まで懸命に戦い抜きました。そんなチームを支えたのは、15人の4年生でした。激動のラストシーズンを終え、最後のインタビューを実施。4年間を振り返り、ピッチ内外での思い出を語っていただきました。
今回はDF蓑田広大選手 編です。

蓑田広大(湘南ベルマーレ内定)

ーまずは、今シーズンを振り返っていかがですか?
今シーズンはサッカー選手にとって一番大事な試合に出られていないので、シーズンを戦うということとはかけ離れていましたが、とても成長できたシーズンだったと思います。3年生の頭くらいにした怪我がだいぶ響いて、ラストシーズンも怪我をした状態のまま入りました。チームに合流するのも夏過ぎぐらいになるかなと思っていて、リハビリ環境を含めてベルマーレの方に相談したら「クラブの方でやってもいいよ」と言っていただけたんです。長山監督にも相談して、「それなら行ってきていいぞ」と送り出してもらいました。サッカーのことでいうと、7月くらいに復帰できて割と体が戻ってきたかなと思います。ただ、うまく自分の中で調整しながら、100%の力でサッカーができたのは11月から12月の1カ月くらいでした。練習試合はベルマーレで何度か出してもらいましたけど、公式戦にはずっと出ていません。どんなシーズンだったかと言われると、個人的にはあまり充実したシーズンではなかったかなと思いますが、サッカー以外のこともすごく学べたシーズンだったのかなと。これから公式戦に出て、結果がついてくれば、いいシーズンだったと言えるのかなと思います。

ー今のコンディションは
ばっちりです。

ー湘南ベルマーレでの練習試合に参加したことは刺激になりましたか?
刺激しかないですね。正直、大学とプロでは天と地の差があると感じました。常にプロの選手から刺激をもらい続けた1年でしたね。

ー湘南ベルマーレに加入を決めた要因はどこにありましたか?
他にもいくつかのクラブが気にしているという話は聞いていました。その中で、一番早く行動に移してくれたのがこのチームでした。迷いはなかったですね。一番熱を持ってオファーを出してくれたので、このクラブだと直感的に決めました。

ーこの1年法大サッカー部のことはどう見ていましたか?
気にかけていましたし、同期には連絡して「調子どう?」だとか、多少なりとも自分ができることはしていました。僕と同じポジションの選手には試合が終わったら連絡したり、自分の考えていることをアドバイスして共有していました。

ー副キャプテンを務めておられましたが、田部井涼キャプテン(経4)ともお話はされていましたか?
涼にはうざいくらいによく連絡していました。

ー今年のチームを見ていて、今後期待したい後輩は
僕と同じポジションの子たちになるんですけど、来年は高嶋修也(経3)と白井陽貴(スポ3)、あと落合(毅人、経3)、萩野(滉大、現3)ですね。僕も負けないように頑張りたいと思います。期待しています。

ー4年間を振り返って心に残っている試合は
大学1年生の頃のインカレの準決勝ですかね。1年生の頃から監督に使ってもらって、試合に出る機会が割と多かったんです。うまく自分がチームに馴染んで、最後のインカレで順調にチームが勝ち上がった準決勝の順天堂大学さんとの試合。そこで僕が前半10分ぐらいで膝を怪我してしまったんです。そこから僕は試合を離れて、チームは勝ってその年は優勝しました。チームは勝ったんですけど、その試合で交代してからの80分は本当に大学サッカーで一番悔しかった時間でした。自分自身が試合に出てチームに貢献できない歯がゆさ。あとは、目の前で上田綺世選手(鹿島アントラーズ)と紺野和也選手(FC東京)が点を決めてくれて勝ったんです。矛盾しているんですけど、正直あの時の僕は、チームが負けることよりもその人たちに結果を残される方が悔しかったんです。上田選手も紺野選手もプロになりましたが、一流の選手が結果を残しているのが、ポジションは違っても1年生ながらすごく悔しかったんです。チームにはもちろん勝ってほしいし、そのために点を取ってくれと思っていますけど、2人に点を決められてしまった悔しさと、そういう選手たちとピッチの中で一緒に(勝利を)体験できなかった悔しさ、喜びを分かち合えなかった悔しさ、けがをした悔しさ。変な感情ですが、大学で一番印象に残っている試合は1年のインカレの準決勝です。

ー嬉しかった試合ではなく悔しかった気持ちの方が印象的だった
そうですね。あの試合は悔しさしかないですね。

ー1年生から試合に出場して、先輩と関わる機会は多かった
大学1年生の時から上田選手はすごくお兄ちゃんみたいにしてもらって、仲が良く、ずっと一緒にいさせてもらっていました。1年生の時は本当に自由奔放にサッカーをやらせてもらったというか、僕のミスも助けてくれたし、僕のやりたいことをやらせてくれました。下の学年が試合に出ても羽を伸ばして活躍できる環境を整えてくれたあの世代の先輩方には本当に感謝しています。

ー1年目の自由さは学年が上がるごとにだんだんと変わっていった
1年目は良い意味でエゴイストというか、俺が守るよとか、俺がいるから大丈夫という感じでした。とにかく試合に出てチャレンジしたかったのが大きかったです。その分、ミスも多いんですけど、1年生の頃はとにかくミスしても弱気にならないで、強気に強気にチャレンジしました。後ろのポジションですけど「先輩方にまかせた」、「俺がミスしたら先輩たち頼むわ」ぐらいのテンションで1年目はやっていました。監督もそんな感じで「広大、チャレンジしてこい」みたいなスタンスで毎試合送り出してくれていました。ただ、2年目になってくると、やっぱり監督も「お前が勝たせろ」、「お前が守れ」と。後輩もできて上の代もいなくなることで、責任も上乗せになる。言葉にするとすれば、自分勝手なサッカーはできなくなった、環境的に自分の色だけ追求していてはいけなくなりました。


1年次から活躍を続けた蓑田は同期の中で一番にプロ内定を決めた

ー蓑田選手から見て監督はどのような人ですか
本当にサッカーに熱い人、サッカーに妥協がない人ですね。そういうまっすぐな気持ちというのは試合前も、ピッチ内も、私生活でもありました。サッカーに対してあれだけ熱く接してもらえると、自然と監督の前では僕もサッカーに対して熱く、より気持ちが入りました。

ー覚えてる監督とのエピソードなどはありますか
特にそういうのはないですけど、常日頃から監督は『法政に関わる人を笑顔にする』と言っていました。周りを巻き込んで幸せに、笑顔にするという言葉はすごく印象的です。それは僕もずっと心に置いて、日々サッカーも私生活も含めてやるようにしていました。

ー試合外でのチームメイトとの思い出はありますか
よく先輩にご飯に連れていってもらったり、上下関係があるようでないような大学でした。サッカーをしていないただ日常の寮生活が本当に幸せで楽しかったです。こういうエピソードがありましたというのは取材で答えられないくらいいっぱいあって、なんて言っていいのかわからないですけど、1日1日が思い出という感じですね。全部楽しかった気がします。

ーずっと寮で生活されていた
ずっとですね。2年生まではチームの仕事もありました。 掃除の係とか荷物の係とかいろいろあるので、そういうのは大変でしたけど、本当に楽しかったです。みんなに助けられたし、1年生の頃は楽しかったなと。

ー寮生活で同期の仲も深まった
本当にそうですね。寮生活で僕たちの学年は4年間の仲じゃないくらいお互い仲良くなりましたね。

ー大学生活で1番影響を受けた人は
上田選手ですかね。ピッチ内では圧倒的な存在感。(僕は)DFであの人はFWでしたけど、あの人がいてくれたからプロになれたというか、あの人に大学で出会ってなければ今の自分はありません。高校から持ってきた反骨心がさらに活性化されましたし、全てを強くしてくれた。考え方とかも柔軟にしてくれたし、そういったところでいうとピッチ内外で綺世くんに1番(影響を)受けました。

ー大学でのプレーを通じて成長したことは
1つ1つの質は上がったのかなと思います。僕の持ち味としてスピードや体の強さ、ロングキックとかいろいろあるんですけど、本当に何倍も何十倍もうまく強くなりました。学んだことをそのままプロでよりレベルアップさせていきたいです。

ー大学サッカーを経験して入学前とのイメージの変化は
正直、高校の時は大学サッカーをあまり知らなくて(もともとは)そんなに印象はないんですけど、高校に比べると何倍もレベルが高いな、という印象がありました。僕は青森山田という高校サッカーでも屈指の学校から来たので、割と自負を持って大学に臨んだんですけど、同期はみんな上手でした。いろいろなクラブのトップの選手が来るので、すごく高校と大学の違い(を感じて)、全てにおいて一段階も二段階も上の環境なのかなと思います。

ー同期の皆さんに伝えたいことは
「ごめん」と「ありがとう」ですね。最後の大学1年間をベルマーレに行きたいと言った時に、僕の決断に対して「だめ」と言う人がいなかったんです。「今年も法政にいてくれ」とか、「一緒に試合に出たい」という思いはもちろんみんなから受け取りましたけど、僕がベルマーレに行きたい気持ち、今年1年ベルマーレで活動したいという気持ちに対してに誰一人反対しませんでした。僕は副キャプテンという立場で涼を支えなければいけないポジションだったんですけど、そこに対して涼も「いや、行ってこい」と言ってくれました。僕のエゴで大学を離れて「ごめん」というのと、それに対して送り出してくれたみんなに「ありがとう」と、この2つの言葉に尽きますね。

ー今後の目標は
取り組むこととしては、ありきたりかもしれないですけど、ピッチ内外で信頼されて愛される選手になりたいです。人としても、サッカー人としても、何歳になっても愛される人でいたいなと思いますし、あと、上田綺世には負けたくないです。来年鹿島とやるときがあれば絶対に負けたくないですね。この人だけには負けたくないです。

ーその気持ちは上田選手にも伝えられていますか
今でも連絡を取り合うくらいめちゃめちゃ仲が良いですが、特に言わないですね。サッカーは関係なくピッチ外でもすごく頼りになるし仲が良くて第二の兄みたいな人です。僕が一方的にバチバチしているだけだと思うんですけど、すごくリスペクトもしていまし、だからこそ余計にやっぱりスパイクを履いてピッチに立ったら絶対に負けたくないですね。

ーファンの方に向けて
今季からプロとしてスタートしますけど、さっきも言った通り、ピッチ内外でみんなに信頼されるような振る舞いをしたいと思っています。ぜひ皆さんもそういう目で僕を見ていただけたら嬉しいです。一人でも多くの人に僕のユニフォームがスタジアムで着てもらえて、ユニフォームを買ったことを後悔させないくらいピッチに立って活躍してできればいいかなと思います。よろしくお願いします。

(取材・山中麻祐子)

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