【水泳】第95回日本学生選手権 特別編 <記者コラム>八塚ファミリーと向き合った4年間 法大水泳部の未来は、きっと「全部上手くいく!」
第95回日本学生選手権
2019年9月13日(金)
東京辰巳国際水泳場
インカレ水泳2019も幕を閉じた。法大は残念ながらシード権獲得とはならなかったが、収穫のある大会となったはずだ。今回は、特別編と題して4年間水泳部を取材してきたスポ法記者が見た法大水泳部を自身の経験を振り返りながら紹介する。
1日目の結果はこちら→【水泳】第95回日本学生選手権 1日目 これぞエースの真骨頂!!内藤がインカレ初優勝!!!主将市丸も2日目以降に「つなぐ」力泳でチームに勢いをもたらす!!
2日目の結果はこちら→【水泳】第95回日本学生選手権 2日目 次世代エースから真のエースへ!4年生が作った流れを「つなぎ」宮本&柏崎銅メダル獲得!!
3日目の結果はこちら→【水泳】第95回日本学生選手権 3日目 男女ともにシード権獲得ならず 個人では柏崎や宮本がメダルを獲得するも男子は総合9位、女子は総合10位で幕を閉じた
試合結果
男子総合順位
順位 | 大学名 | 得点 |
---|---|---|
選手権獲得校 | 日本大 | 432.0点 |
2位 | 明治大 | 318.5点 |
3位 | 近畿大 | 303.0点 |
4位 | 中央大 | 291.0点 |
5位 | 中京大 | 229.0点 |
6位 | 早稲田大 | 220.0点 |
7位 | 東洋大 | 208.0点 |
8位 | 日本体育大 | 198.0点 |
9位 | 法政大 | 150.5点 |
女子総合順位
順位 | 大学名 | 得点 |
---|---|---|
選手権獲得校 | 日本体育大 | 390.5点 |
2位 | 神奈川大 | 343.0点 |
3位 | 中京大 | 320.5点 |
4位 | 東洋大 | 319.0点 |
5位 | 日本大 | 272.0点 |
6位 | 筑波大 | 237.0点 |
7位 | 新潟医福大 | 183.0点 |
8位 | 早稲田大 | 181.5点 |
9位 | 明治大 | 171.0点 |
10位 | 法政大 | 153.0点 |
※8位までが来年のシード権を獲得
記者コラム
「4年間ありがとうございました」。握手を求められて、4年間の水泳取材が終わりを告げた。
法政大学の水泳部を取材して約4年。高校まで12年間野球部だった私にとって、水泳の取材は未知の世界だった。きっかけは、2016年のジャパンオープンでの体験取材をした時だ。泳ぎ終わって、まだ息遣いの荒い選手にICレコーダーを向け、生の声を聞くことにやりがいを感じた。最初に取材したのは、現主将の白井早弥香(現4)選手だった。当時、50㍍背泳ぎでスイムオフの末、初のB決勝進出を果たした白井。スタート時、緊張でプールに滑って落ちたのを今でも鮮明に覚えている。そんな初々しい選手だった白井も女子の主将に。4年という時間は、選手を大きくさせるんだと感じる。
一人、私の記者人生で転機となった選手がいる。長濱瑠花(経4)選手だ。彼女は、高校時代200㍍自由形で2分0秒台の自己ベストを出し、鳴り物入りで法大へ入学した。性格も明るく、可愛がられ、水泳部の妹的な存在だった。転機は、2年時の大阪で行われたインカレ水泳2017。大学に入ってスランプに陥っていた長濱は、200㍍自由形でまさかの2分7秒台という記録を出してしまう。大学では、インカレで表彰台に上る青写真を描いてたはずだ。それが、予選33位まで落ち込んだ。レース後、取材をするため彼女にレコーダーを向けた。しかし、彼女は悔しさから言葉が発せず号泣。その場で立てなくなってしまい、先輩に抱えられて引き上げた。
取材は、時に選手を傷つけるのかもしれない。私は、その場で倒れる長濱を前に、ただ呆然と立ちすくすことしかできなかった。選手にとってプールは、真剣勝負の場。まさに戦場であり、取材者である私も、安易な質問はしちゃいけないんだ。もっとどんな状況でも選手と向き合える努力をしなければと思った。
あれから2年。水泳部を知ろうと私なりにやることはやった。Facebookで毎日、選手が日替わりで思いを書く「おれんじでいず」は毎日読んだ。選手一人一人の自己ベストも調べ、日本選手権やジャパンオープンなど、スポホウで取材に行く大会だけでなく、関カレやコナミオープンなども観戦した。水泳の雑誌や他大学の水泳記事を読んでは、真似して書き、記事の精度を上げていった。
そして、先日行われたインカレ水泳2019。4年間苦しんできた長濱は、200㍍自由形でB決勝1位に。記録も2分2秒台と本来の力を最後の最後で出した。さらに、4×200フリーリレー予選ではアンカーとして2人を抜いた。いつしか、彼女も努力を続け、女子を引っ張っていく、お姉さん的存在へと変わっていた。レース後、取材を終えて長濱は「4年間ありがとうございました」と私に握手をしてくれた。記者が泣いてはいけないが、思わず涙が出てしまった。4年間、毎大会彼女を取材した。取材を通して、沢山のことを教えてくれた。むしろ、こちらこそ言いたい。「長濱選手、本当に4年間ありがとう、お疲れ様でした」。
記者は、選手に力を与えることはできない。だが、事実を「見て」、「聞いて」、「感じて」、「書く」ことはできる。そして、多くの人に彼らの努力を伝えられる。4年間の記者人生でたどり着いた私なりの取材をすることへの意味だ。長濱は2年時のインカレを「一つ分岐点だった」と語る。それは、私にとっても記者人生の分岐点だった。
終わってみれば、長濱は高校に出した自己ベストを一度も更新できなかった。だが「人間性が成長できた」と自信を持って話してくれた。”水泳は人間形成の道なり”。八塚明憲監督が、法大水泳部に掲げるこの言葉。法大水泳部は、どこか部というよりも1つの「家族」のような一体感がある。真剣に水泳に対して、時にはぶつかり喧嘩をし、時には笑い合う。本音をぶつけ合える、この関係性こそが選手の人間性を成長させるのだろう。八塚ファミリーへの取材を通して、私も大学4年間で大きく人間的成長をさせてもらった。
もう学生記者として、水泳部を取材することはない。欲を言えば宮本一平(人2)、柏崎清花(営2)はあと2年、どんな選手になるのか取材したかった。それでも、私もまた次なるステージで記者をやっていく。いつか、また辰巳の地に戻って、ペンを握っていればと思う。ありがとう法大水泳部。そして、来年のシード権獲得を願って八塚ファミリーの未来に幸あれ。
(記事:具志 保志人)
市丸主将を中心に最後のインカレを終えた4年生(左上から吉岡、内藤、栁本、市丸、廣川、菅原、平沼、左下から米川、長濱、高橋、白井、柳澤)※水泳部提供
4年生フォトギャラリー
- 誰よりもチームを愛し、背中でチームを引っ張った市丸。間違いなく彼の人生は「全部上手くいく!」
- 時には優しく、時には厳しい言葉でチームを支えた副将廣川。最後は、アンカーとしても大会を締めた
- 副将として泳ぎだけでなく、ムードメーカーとしても活躍した栁本(中央)。天国から母も「お疲れ様」と喜んでいるはずだ
- クラブ練の下級生が多い中、コミュニケーションを大切にして女子勢をまとめ上げた白井。次なるステージでも輝きを放つ
- 大学で大きく飛躍した内藤。卒業後も水泳を続ける予定で、五輪出場という夢実現へ駆け上がれ
- 寮長としてもチームを支えた吉岡。レース後、涙を流しチームへの感謝の言葉を述べる姿は印象的だった
- 平沼は大学で苦しむことも多かったが、スプリンターとして最後は楽しんで水泳ができたはずだ
- 4年間を苦しかったと話した長濱。しかし、仲間とともに歩んだ4年間は彼女を確実に大きくした
- 入学当初、周りのレベルの高さに全く歯が立たなかった菅原。それでも努力を続け、ジャパンオープンに出場した
- 最後のインカレはサポートメンバーだったものの、18年間の水泳人生を悔いなく終えた高橋
- スーパーマネージャー米川。誰にでも気さくに話せる性格を生かして法大を陰から支えた。ありがとう米川
- マネージャーとして、チームを陰で支えた柳澤。一般入学からの入部で苦労した面もあるはずだが、3年半のマネージャー生活を終えた(写真右下)