4年生引退特別インタビュー
法政大学多摩キャンパステニスコート・オンライン
【テニス】女子硬式テニス部4年生引退インタビュー
昨年、大学テニスを引退した法大硬式テニス部4年生14名。今回は引退特別インタビューと題し、4年間を振り返っていただきました。今回は女子編です。主将の蛸井選手など5名に、オンラインにてお話を伺いました。
蛸井涼華(主将・社4)&中野未来(文4)&木原眞瑚(経4)
―部活を引退されてからはどのように過ごしていますか
蛸井:テニスコーチのバイトを始めて、引退してからもテニスをしています。友達とも遊びに行ったり、楽しく過ごしています。
木原:私もテニスのバイトをしていて、あとは旅行に行ったりしています。
中野:学部の卒論があったのでそれに取り組んでいました。今までは部活があってなかなか友達と遊ぶ機会がなかったので、今はそういう時間を大切にしています。
―テニスを始めたきっかけは
蛸井:小学校1年生の秋ごろに始めました。もともと体を動かすのが好きで、「何かスポーツをやりたい」と親に言って、実家の近所のテニスクラブで体験をしたらすごく楽しくて。そこからずっとやっています。
木原:小さい頃に少しテニスをやっていて、中学では軟式、高校で硬式、そのまま大学でもやってという感じです。
中野:父がテニスをしていたこともあって、5歳くらいから遊びでやっていました。いろいろスポーツをやっていたんですけど、その中でもテニスが一番楽しくて、続けやすかったので続けています。
―法政大学に入った経緯は
蛸井:大学に行ってもテニスをやろうと思っていた中で、レベルが高い関東や関西だったので、関東の層が厚い大学でチャレンジしたいという気持ちがありました。受験をして第一志望だった法大に入れたので、そのままテニス部に入りました。
木原:法政には指定校推薦で入りました。大学でテニスをやるからにはちゃんとやりたかったので、体育会に入りました。
中野:私は文学部地理学科なんですけど、自分の興味のある勉強もやりつつ、テニスも続けたいなと思って法政大学を志望しました。サークルではなく本気で取り組める活動がしたいと思ったので体育会に所属しました。
―キャンパス間の移動は大変ではなかったですか
中野:市ヶ谷から多摩キャンパスだと1時間半くらいかかることもありました。ただ、授業を優先にさせてくれる部活だったので、テニスと勉強を両立できたのかなと思います。
―入部して最初の印象は
蛸井:他の大学にはない法政らしさ、真剣にやるときは真剣にやって、みんなでふざけるときは思いっきりふざけてという印象でした。
木原:朝起きて部活に行くというのがすごくしんどくて、きつかったなという印象です。通学に片道2時間かかるので、当時は体力的にもきつくて必死でした。
中野:高校までとはガラッと変わりました。高校までは毎日練習練習という感じでしたが、大学に入ってからは自分でやらなくてはいけないところが大きくなりました。また、チームの中での支え合いや明るさが印象に残っています。
―同期のみなさんの印象は
蛸井:みんな個性が強いなという感じでした(笑)。
中野:蛸井が言ったように個性が強いというのはあったんですけど、みんな負けず嫌いな選手でメリハリもありました。第三者として見ているのもおもしろいですし、当事者として関わるのも面白い同期だと思います。
木原:テニスが上手いというのもありましたが、一番はみんな優しいなという印象があります。最初は気が強いかなと思っていたんですけど、みんな穏やかで。良い同期がいたから続けられたかなと思います。
―入部してみて大変だったことは
蛸井:コロナ禍で主将をやったことと、1年生で入部したばかりで仕事に慣れていなかった時期が大変でした。やはり一番は、コロナの中で主将をやったことが大変でしたが、すごくいい経験になったと思います。
木原:通うのが大変だったというのが一番です。実力がない中で練習についていくのも大変で、体力的にも精神的にも追い込まれていました。1年生の仕事などがなくなって段々楽にはなってはいたんですけど、1年生の時は大変でした。
中野:市ヶ谷キャンパスと多摩キャンパスを行き来するのが大変でした。あとは主務という役職につかせていただいて、練習をしながら仕事をするのも大変でした。
―主将として、コロナ禍でどういったことが大変でしたか
蛸井:今までは大会が延期や中止になることもなかったですし、部活も普通に朝練午後練がありましたがいきなりコートが使えなくなってしまって。みんな試合のために練習をしなければいけないので、コートの確保とみんなの練習時間を上手く回していくのがとても大変でした。
―4年間で楽しかったことは
蛸井:リーグ戦と合宿ですかね。リーグ戦はすごくきつかったんですけど、チーム力が高まりますし楽しかったです。合宿も長い時間練習しますし、朝から20分ランニングをしたりして大変でしたが、みんなで紅白戦などができて楽しかったです。
木原:何がとかではなく、毎日が楽しかったです。リーグはもちろん楽しかったですが、毎日みんなと練習したり話したりという日々が楽しかったです。
中野:二人が言った通りなんですけど、あとは練習終わった後やリーグ終わった後、合宿終わった後など何かが終わった後がとても楽しかったです。疲れた後は本当にしょうもない話で盛り上がれて楽しかったです。
―4年間で印象に残っている試合は
中野:最後、リーグ戦がなくなってしまったので部内で対抗戦を行ったんですけど、それが一番思い出に残っています。最近だからかもしれませんが(笑)。引退試合みたいな感じで、みんなと戦えたのは楽しかったですし、友情とライバル心が入り混じった戦いという感じで面白かったです。
木原:3年生の春関の時に中野と出場したダブルスです。楽しかったですし、今までで一番いい成績を残せたので、印象に残っています。
蛸井:チームとしては2年次のリーグ戦です。初めて試合で負けてしまったのと、立教戦で一個上の小松茉莉奈さんがインカレベスト4の選手に勝って、チームとしても立教に勝ったことが印象に残っています。個人的には3年生のときに山崎(京花)とのダブルスで春関ベスト16に入れて、インカレの本戦に初めて行けたのと、1年生の時に新進予選で優勝できたことです。最初の半年間は全然成績が出なかったんですけど、優勝できて本戦も16まで行けたので良かったなと思います。
―4年間で得たことは
蛸井:4年間やってきた中でも、主将は大変でしたし、前に立ってやるタイプではなかったのですごくいい経験になりました。また、部活に所属していることで何かの書類の期限を守ったり部活のみんなで楽しんだり、技術はもちろんなんですけど、人間的にも成長した部分がすごくあります。
木原:一番はつらくても逃げないことです。4年間つらいこともあったんですけど、結果的に体育会を辞めずにここまで続けて来れたことが今の自信になってます。これからつらいことがあっても、粘り強く頑張れるかなと思います。
中野:何事にも向き合うことですかね。テニスも上手くいかないことが多いんですけど、それにも真摯に向き合わなければいけないことも多くて。これからも色々あると思うんですけど、大学4年間で学んだ向き合うことは今後も大事になってくるかなと思います。
―卒業後はテニスを続けられますか
蛸井:趣味みたいな感じでやれたらと思っています。一応、企業の中にもテニスコートとサークルみたいな感じなんですけどテニス部があるみたいで、たまにやって時間があれば大会などに出られたらいいなと考えています。
木原:実業団などは入らないので、やるとしても趣味程度かなと思います。本気でテニスをやるのは大学生までかなと。
中野:テニスをやるにしても趣味程度だと思います。就職先がポカリスエットなどを製造している大塚製薬なので、これからは選手をサポートする側として頑張っていけたらと思います。
―後輩に向けて
蛸井:目標の「一部昇格」と「二部優勝」は大変だと思うんですけど、頑張ってほしいです。
木原:蛸井と同じで一部に昇格してほしいという気持ちはあるんですけど、純粋にテニスを楽しんでほしいです。私自身テニスをしたくない時期があったので、後輩には楽しんで練習を続けてもらいたいです。
中野:目標はそのまま持ち続けてもらいたいですが、ただ何よりも引退したときに後悔しないようにしてほしいです。楽しいテニス人生を送ってほしいなと思います。
―最後に同期のみなさんへ一言お願いします
蛸井:4年間部活をやってきて「ありがとう」というのと、同期のメンバーが誰一人かけることなくやり切れてよかったなと思います。
木原:感謝しかないです。このメンバーだったから辞めずに続けて来られたので、同期に恵まれました。「ありがとう」の気持ちしかないですね。
中野:市ヶ谷から通っていて、1年生の時は特に色々と頼りっぱなしだったので申し訳ない気持ちがあります。あとは市ヶ谷と多摩の行き来を許してくれて、サポートしてくれた同期には感謝しかないです。この4年間を一緒に過ごせたことは本当に楽しかったですし、充実していました。
(取材・齋藤彩名)
佐藤礼菜(副将・スポ4)&横山祥子(社4)
ー部活を終えて率直な感想は
佐藤:コロナの影響でラスト2年間はあまり望んでいた活動はできませんでしたが、テニス部に入って「よかったな」というのが最初に浮かぶ感想です。結果もですが、結果よりもテニス部に入部しなかったら出会えなかった仲間や同期、先輩、後輩に出会えたことが入ってよかったなと思う一番の理由です。
横山:1年目は選手として活動して、そこからはマネージャーの仕事に回りました。結構つらいこともあったんですが、いろんな経験ができたり、先輩との上下関係とかも学べてよかったです。
ーテニスを始めたきっかけは
佐藤:始めたきっかけは、お友達がやっていたからです。自分からやりたいと思って始めた訳ではなく、そのほかにもたくさんスポーツをしていたのと同じタイミングでテニスも始めたという感じです。
横山:小さい時にお兄ちゃんの試合について行って、それがきっかけで自分も気付いたらテニスクラブに入っていました。
ー法政大学を選んだ理由は
佐藤:正直に言うと、法政大学ではなく、他の大学を第1志望にしていました。結果的に法政大学に進学した決め手は、小さい頃からずっと指導してくださっていた方がいらっしゃる点と、高校時代の恩師の方の勧めもあったことです。いろいろと話し合う中で、法政大学という選択肢を取ることになりました。
横山:スポーツ推薦を取っている大学がなくて、最初は大学が決まりませんでした。テニスクラブのコーチと上村監督の繋がりがあったこと、私が1年生だった時に4年生だった男子の先輩が、もともと同じテニスクラブで繋がりがあって、その先輩のプッシュもあったことから法政大学に推薦で入れてもらえるようになりました。推薦が決まってから部活体験に行ったのですが、先輩の雰囲気もすごくよくて、自分もいきいきテニスができるというか、上から押さえつけられずにテニスができる環境があると思って最終的に法政大学に決めました。
ー法政テニス部の第一印象は
佐藤:とにかく元気があって、上下関係がありつつも、先輩が後輩に押し付ける圧迫感を感じず、全員が良い意味でのびのびやっていて、自由な印象がありました。
横山:私も同じような感じです。他の大学と比べて良い意味で上下関係がゆるくて、練習内容も自分たちで好きなことができるという感じました。
ー入部して初めて会った同期の印象は
佐藤:私は入学式の前に一人だけ、横山さんと会ったんです(笑)。高校の時から限られたメンバーとしか関わってなかったので(大学に入学するのが)とても不安でした。横山さんは、初めて会った時から本当に気が合いましたし、人間性も本当に良くて、もちろんテニスも強いですし、おかげで安心して入部することができました。横山さん以外の同期も仲良くて、同期に恵まれたなと4年間で痛感しました。
横山:私も同じような感じで、春合宿のときに佐藤さんに会っていたので安心感がありました。佐藤さん以外の同期もみんな踏み込みすぎず、いい距離で仲良くできたと思います。
ー3年生になってコロナ渦になり、色々と大変なこともあったと思います。コロナ禍になって変化したことは
佐藤:3年目でコロナが流行した時は最上級生ではなかったので、先輩についていくというか、まだ無責任に動いてしまっていました。自分が最上級生になった時も、自覚があまりなく、無責任な発言、行動をしてしまいました。対面での話し合いができなくても、できないからこそもうちょっとコミュニケーションを取れば良かったなという後悔があります。後輩にも同期にも申し訳ない気持ちがありますし、コロナ禍での心残りです。
横山:私は怪我で1年半くらいお休みをいただいていました。休んでいる時にコロナ禍になって、部活にいけない時が続いたんですけど、今やってるインスタとかSNSの運用をもう少し早く、2年生くらいからできたなとちょっと後悔しています。
ー4年間で一番大変だった思い出は
佐藤:当時は大変だったかもしれませんが、今振り返るとないですね。それは同期がいたからだと思います。やっぱり1年生の頃は仕事が多かったり、今よりは厳しかったんですよ。それは先輩の色とかもあると思いますし、大変だねって言いながらやっていました。その時はきつかったかもしれないんですけど、振り返ると同期と話し合ったりしながら乗り越えられました。同期のおかげで、大変だったと思うことはないです。
横山:怪我をした時ですね。2年生の時が一番大変というか、しんどかったです。テニスもできないし、同期にも後輩にも先輩にも、みんなに迷惑かけてると感じた期間がつらかったです。
ー4年間で一番楽しかったなと思うことは
佐藤:私は同期といる時間が一番楽しかったです。そんなにプライベートで会わなかったとしても、例えば、準備の時間とか片付けの時間だとか、あとは帰りの時間だとか。本当にちょっとした時間でくだらない話ができたから、4年間続けられてるし、乗り越えられたなと思うので、そういう何気ない同期とのくだらない話が一番楽しかったです。
横山:1年生のリーグですね。仕事は大変だったんですけど、同期で嫌なことも言い合いながら、笑いながらやったのがすごく良い思い出です。終わった時に、同期との距離が縮まったというか、大きい仕事を終わったから達成感があったのがすごく良い思い出です。
ー4年間で一番印象残った試合は
佐藤:自分の試合でいうと、後輩の山崎と組んで出場した、新進の2次予選の決勝が一番印象に残ってます。他の選手の試合で一番印象に残っているのは、3年生の時に当時4年生の主将だった小松さんのリーグ、立教戦だったんですけど、その試合が一番印象に残ってますね。
横山:1年生の春関本戦の1回戦ですね。あんまり覚えてないんですけど、調子が良くて周りの人やOBの方からも試合が良かったって褒めてくださったので印象に残ってます。他の人の試合は、さっきの佐藤さんと同じで立教戦です。一個上の小松さんが主将対決で、3-3で勝敗がかかってる時にしっかり勝ってくれたのが印象的でした。
ー卒業後、テニスを続けられるご予定は
佐藤:実業団には進まなくて、社会人としての道を選択しました。今まで通りの選手として活動しなくても、今までの仲間だったり出会った方々と小さな試合には出たいなと思います。
横山:私も趣味でできたらいいなという感じです。
ー同期へメッセージをお願いします
佐藤:どんな私でも受け入れてくれてありがとうございました!本当に私は破天荒な性格で、こんな人種に初めて出会ったと同期によく言われるくらい大変だったと思うですけど、その中でも、どんなことがあっても優しくしてくれました。本当に感謝してます。
横山:部活に行けてない期間があったんですけど、たまに行った時も優しく迎え入れてくれました。本当に居場所があったからテニス部を辞めずに続けられました。怪我をした時は同期の支えが助けになりました。4年間ありがとうございました。
ーこれからも部活を続けていく後輩に向けてメッセージをお願いします
佐藤:今は最上級生がしっかりしているので、私たちが2年間リーグ戦で戦えなかった分、結果も大事なんですけど、チーム全員が一丸となって悔いのないように目標を達成してほしいなと思います。
横山:法政らしくのびのびとやって、いつか1部昇格してほしいなと思います。応援しています。
(取材:佐々木みのり)