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【硬式野球】熱い闘争心を胸に一戦必勝で日本一へ 期待の強肩強打の捕手・有馬凛空はさらなる成長を目指す(新入生インタビュー⑤)

2026年4月下旬
今春も法大野球部に新たな戦力が加わった。大学生活にも徐々に慣れ始めた4月下旬、フレッシュな新入生たちにインタビューを実施。今回はその中から、有馬凛空選手の声をお届けする。

 2026年度法政大学「スポーツに優れた者の特別推薦入学試験」による新入生一覧

ポジション 氏名 出身高校
投手 秋田康介 大分舞鶴
片山大輔 横浜
川端勝利 木更津総合
菊地斗夢 旭川北
富田櫂成 帝京大可児
南澤謙太郎 日章学園
吉田遥孔 静岡
捕手 有馬凛空 帝京長岡
内野手 大石來輝 高知
奥村凌大 横浜
菊地政善 聖光学院
庄村佑心 木更津総合
田西称 小松大谷
外野手 桑原宇一郎 近大附

選手インタビュー

有馬 凛空 捕手

ーー大学生活、寮生活には慣れたか
だいぶ慣れてきました。寮生活は高校の時から寮生活だったというのもあって、しっかり厳しくできていたので、大学の寮になっても特に変わることなく生活できているかなと思います。

ーー同部屋の先輩は
高田洸希(法3=享栄)さんです。同部屋が2人というのは入る前から知っていたので、どういう先輩かなと思っていて。結構不安なところではあったんですけど、入った時から優しく気にかけてくれて、高田さんの方から話しかけてくれたりしていて、すごくやりやすいです。

ーーオフの日は何をしているか
サウナが好きなので、サウナに行ったり、あとは高校の頃の友達とご飯に行ったりしています。

ーー野球を始めたきっかけは
元々実家が野球一家で、兄も父も祖父も全員が野球をやっていて、野球をやるのが当たり前みたいな環境で。物心ついた頃にはボールを投げてボールを打って、というのをやっていたので、野球が生活の一部でした。

ーー捕手になったきっかけは
元々キャッチャーというポジションは好きで。小学校の頃から時々やったりはしていたんですが、そのときはずっと内野手でした。中学2年生の新チームに移行するタイミングでキャッチャーに立候補して本格的にやりはじめて、どんどんその奥深さが分かっていきました。

ーー高校1年時の夏は一塁手での試合出場だったが、他にやったことのあるポジションは
サードとショートです。小学生の時は主にショートです。

ーー50メートル走のタイムと遠投の距離は
50メートル走は6秒5で、遠投は100メートルです。

ーーご自身の性格は
すごく負けず嫌いで、でも俯瞰的に周りのことも見れる性格だと思っています。どんな試合でも絶対に負けたくないという気持ちがいつもあって、その気持ちを勝負事になったら全面に表現するんですが、それでも冷静に、周りを見失うことがないように意識しています。

ーー高校3年間を振り返って
高校3年間は、自分としては甲子園というものだけを目標にずっとやってきた3年間で、甲子園に行くためだったら何でもするという感じで。やりたいことも全部我慢して、それだけに捧げてきた3年間でした。本当に甲子園だけを目指している人だけが集まったのが自分の高校の野球部で、寮生活はものすごく厳しくて全然自由もなくて。仲間と歯を食いしばりながら練習とか寮生活を耐えた3年間は、今思ったらいい時間だったなとすごく思いますし、一生の仲間にも巡り会えて、3年間ですけど、何か3年以上のものを得た、すごく濃いものだったなと思っています。

ーー3年間で特に印象深かった試合は
夏の準々決勝、新潟明訓戦です。8回まで4対0で負けてて、ちょうどその時、全校応援だったので、ここで終わるわけにはいかないとなって、8回裏に4点取って、同点に追いついて、9回にサヨナラで勝った試合でした。その試合は、今までチームでやってきた苦しいこととかが一気に報われた試合というか。その瞬間、チームが一気にまとまった感じもありましたし、監督、コーチがずっと言っていたことが全部出せた試合で。スタメン9人だけじゃなくて、ベンチ20人、選手全員と、学校全体が本当に1つになった瞬間というのを自分はフィールドにいてすごく肌で感じれたので、その試合は一生忘れない、ものすごく印象に残っている試合です。

ーー芝草監督からの教えで印象に残っていることは
芝草監督はプロの第一線で投手として活躍されていた方なので、キャッチャーの配球に関して、ものすごく指導していただきました。自分がキャッチャーをやる上でモットーにしている言葉が、「抑えたらピッチャーのおかげで、打たれたらキャッチャーの責任」という、練習試合で言われた言葉で。今までは、抑えたら自分も嬉しいのでそれが自分のおかげだと思って、打たれたらピッチャーが投げれなかったからだとか言い訳もしていたんですが、その言葉を言われて。最初はひどいなと思ったんですが、そういう考えになってやっていく中で、抑えたらピッチャーのことをたたえて、もう1回気を引き締めることができるようになりましたし、打たれたら、なんで今この球要求したんだろうなとか反省できるようになったりして、自分にベクトルを向けることができるようになりました。自分にとってもチームにとってもすごくプラスになることが多くて、その言葉を言っていただいた日から、キャッチャーとしてのスキルが上がったのかなと思います。

ーー千葉ロッテマリーンズの育成の茨木佑太投手とバッテリーを組んでいたが、印象に残っていることや思い出は
高校の時は寮が2つあったんですが、茨木さんとはずっと同じ寮で生活させてもらっていて。試合の前日、茨木さんと相手チームの分析をしていて、自分が茨木さんの部屋行って分析したものを全部伝えて、「明日はこういうピッチングしていきましょう」とか話していました。自分が正捕手になってからは会話を沢山増やして、特に春から夏にかけて、試合前の夜はずっと分析して作戦を立てていた記憶があります。
(ーーコミュニケーションを大切にされていたのか)そうですね。先輩だったので、気を遣って言えない時期もありましたが、信頼関係は絶対に必要になるので、信頼してもらえるように沢山話しかけましたし、茨木さんも「何かあったらすぐ話す」と言ってくれていました。そこで信頼関係ができたからこそ、試合でも悪いところがあったら言えるようになりましたし、そういった意味でも信頼を深めるためにコミュニケーションはすごく大事にしています。あと、思い出というか、夏の大会の前に会議という名で焼肉に連れて行ってもらって。普段は野球のことしか話していなかったんですが、そのときは唯一、学校のことを話したりして。2人で3、4回行ったんですが、その時間がすごく楽しかったのを覚えています。

ーー高校1年生の北信越大会で小松大谷と対戦しているが、田西称(キャ1=小松大谷)選手のことを覚えているか
すごく覚えています。1年生で4番サードで出ていて、1年春に小松大谷でこんなに主軸にいる選手がいるのかと思って。自分は負けたくなかったので、スタメンを見た時に、これはライバルになるだろうなと思っていました。
(ーー今でも意識はされているのか)同じチームになって、ポジションも違うので意識はないんですが、田西のバッティングを見ていると、やはりすごいなと思います。自分もキャッチャーで何回も打たれているので、負けたくないなとも思います。

ーー高校野球を引退してからどのような練習をしていたか
監督とコーチが引退した自分たちのことをすごく気遣ってくれて、冬に入る前までは新チームの1、2年生と一緒に実践形式で練習に入れてもらったりしていました。高校が沢山雪の降る地域にあったので、冬は外で実践形式の練習ができない分、現役のときからチーム全体でやっていた雪上ランという、雪の上を走るメニューを1人でやりました。

ーー法大に入学した経緯は
高校2年生の頃に法政大学に行きたいという風に芝草監督に伝えました。高校2年生の12月に練習会参加させていただいて、そのあとスポーツ推薦で法政大学に入学させていただきました。

ーー大学野球と高校野球で感じる違いは
キャッチャー目線で言ったら、打者の対応力は高校とは比べ物にならなくて。高校の間これで抑えれるだろうと思ってやっていた配球が、大学ではちょこんと合わされて、技術的な面で高校のバッターとの差はすごく感じました。あと、大学に入ってきてAチームの練習に1年生全員で参加させていただいて感じたのは、高校のときはコーチ、監督がすごく厳しく指導してくださってピリピリした雰囲気の練習ができていたのに対して、大学は意識の高い選手が集まっているからこそ、強制されてはいないなかで、自分で声を出して、選手たち自らそういう雰囲気を作れていて。自分たちだけでもこんなに試合のような雰囲気を作れているのかと、能力以上の差を感じました。

ーー六大学野球のイメージは
どのリーグよりも1番レベルが高いリーグだと思ってます。歴史があって、すごく有名な卒業生の方も沢山いらっしゃって、日本で1番注目度が高いリーグでもあると思います。中学生、高校生の時から六大学野球は知っていて、ユーチューブなどでずっと試合を見ていました。

ーー六大学リーグで対戦したい投手は
1年生で同期の、道本想(立大1年=星稜)です。道本とは高校時代に練習試合で対戦したことがあって、その時は抑えられているので、もう1度対戦してリベンジしたいです。

ーー捕手として対戦したい打者は
阿部葉太(早大1年=横浜)選手です。世代ナンバーワンと世間で呼ばれているので。自分も高校の時から見ていますし、そんな選手と対戦してみたいなとずっと思っていて、同じリーグになってそれが身近になったので、対戦してみたいです。

ーー他に同世代の選手で意識している方は
管野蓮(創価大1年=聖光学院)です。リーグ戦で今投げている1年生なんですが、地元が同じ福島で、中学校時代にずっとバッテリーを組んでいて。高校時代、甲子園で絶対対戦しようとずっと言っていたんですが、自分が甲子園行けなくて。それじゃあ大学でまた約束を果たそう、神宮で対戦しよう、ということで今も連絡を取り合っています。蓮の活躍はずっとチェックしていますし、自分の中でモチベーションになっているというか、あいつが頑張っているから自分も頑張らないとな、と思わせてくれる存在です。

ーー法政大学で特にすごいと思った先輩は
土肥(憲将、キャ4=鳴門)さんです。チームメイトへの声かけだったり、熱いプレーとかを見ていて、すごいなと思っています。

ーー特に仲のいい同期は
庄村佑心 (法1=木更津総合)とはよく一緒にご飯行ったり、一緒に学校へ行ったり帰ったりします。

ーー法大捕手のポジション競争は熾烈だが、活躍していくために大切にしたいことは
自分の段階では、1番近くで1番いいお手本がいるという感覚で。日本で1番レベルの高いキャッチャー陣だと思っているので、吸収できるものは全部吸収したいなと思っています。寮に帰って、土肥さんとかに配球ついて聞くこともありますし、一緒に練習をしていく中でも沢山質問をしています。ただ、いつまでも上に見ていたら絶対に超えられない壁ではあるので、対等に競えるように自分もレベルアップしなければならないと思っています。

ーーご自身の強みは
闘争心をむき出しできるというのが自分の1番の強みだと思います。負けず嫌い、というのは自分の性格の根本的なところにあるので、1勝にかける気持ちは誰よりも熱いです。大島監督は、1戦1戦の積み重ねが、最終的に優勝へつながる、という考え方をされている監督で、目先の1勝にこだわろうというのが、ものすごく自分に合っていて。 チャンスの場面や緊迫した試合の中での1本、ピンチの時のキャッチャーとしての在り方には自信があって、そういう場面で自分の100%の力を発揮できるというのは強みだと思っています。
(ーー技術的な面で、やはり長打力などに自信は)バッティングは1番自分の持ち味としてあります。打率を残せる強打者、というのに大学ではこだわってやっていこうと思っているので、長打力もあり打率も残せるバッターになっていきたいです。

ーー今後磨いていきたいことは
普通だったらバッティングとか肩の強さとかだと思うんですが、4年生のキャッチャーを見ていて、自分は洞察力というのを磨いていきたいなと思っていて。4年生のキャッチャーがピッチャーの少しの変化に気づいて、こうなったからこうしてみようと言った次にはめちゃくちゃいいボールをピッチャーが投げたりしていて、そういう場面を見て、洞察力のあるキャッチャーになりたいと思いました。

ーー今年度の目標は
たくさんいいものを吸収して、まずベンチに入ってリーグ戦に出場して、日本一になることが目標です。

ーー4年後はどんな選手を目指しているのか
チーム全体を引っ張れる選手になりたいと思っているので、幹部の選手になれるような、チームメイト、監督、コーチからの信頼される選手になって、自分たちの手で日本一を達成できるようになりたいと思っています。
(ーー目標にしている具体的なタイトル、数字はあるか)ベストナインです。

ーー応援している方々にメッセージを
いつも応援していただいてる皆さんに、1日でも早く神宮の舞台に立って、自分の熱いプレーを見ていただいて恩返しできるように頑張ります。これからも応援よろしくお願いします。

(インタビュー:印南空音)

有馬凛空 (ありま・りく)
法学部1年 2007年5月17日生まれ
福島県出身・帝京長岡
175cm75kg・右投左打

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