第99回東京箱根間往復大学駅伝競走
2023年1月2日(月)、3日(火)
東京・大手町-神奈川・芦ノ湖-東京・大手町
チーム目標を総合5位以内に掲げた法大が東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根)に挑んだ。2日に行われた往路では1区の松永伶(経3)が3位と好位置でたすきをつなぐと、各選手が力走を見せ8位。翌日の復路では、宗像直輝(社3)が区間賞を獲得するなど復路の選手たちも快走を見せ、総合7位でフィニッシュ。2年連続でシード権を獲得し、復路順位は3位と健闘を見せた。今回は往路を走った選手たちのインタビューをお届けする。(インタビューは1月4、5日に実施いたしました)
試合結果
総合成績
順位 |
大学名 |
記録 |
1位 |
駒大 |
10時間47分11秒 |
2位 |
中大 |
10時間48分53秒 |
3位 |
青学大 |
10時間54分25秒 |
4位 |
國學院大 |
10時間55分01秒 |
5位 |
順大 |
10時間55分18秒 |
6位 |
早大 |
10時間55分21秒 |
7位 |
法大 |
10時間55分28秒 |
8位 |
創価大 |
10時間55分55秒 |
9位 |
城西大 |
10時間58分22秒 |
10位 |
東洋大 |
10時間58分26秒 |
11位 |
東国大 |
10時間59分58秒 |
12位 |
明大 |
11時間01分37秒 |
13位 |
帝京大 |
11時間03分29秒 |
14位 |
山梨学大 |
11時間04分02秒 |
15位 |
東海大 |
11時間06分02秒 |
16位 |
大東文化大 |
11時間06分08秒 |
17位 |
日体大 |
11時間06分32秒 |
18位 |
立大 |
11時間10分38秒 |
19位 |
国士舘大 |
11時間13分56秒 |
20位 |
専大 |
11時間19分28秒 |
OP |
関東学生連合 |
11時間17分13秒 |
個人成績
区間 |
選手名 |
記録 |
区間順位 |
通過順位 |
1区(21.3㎞) |
松永伶(経3) |
1時間03分00秒 |
3位 |
3位 |
2区(23.1㎞) |
内田隼太(経4) |
1時間07分53秒 |
8位 |
7位 |
3区(21.4㎞) |
川上有生(スポ4) |
1時間02分52秒 |
13位 |
10位 |
4区(20.9㎞) |
扇育(経4) |
1時間02分19秒 |
7位 |
8位 |
5区(20.8㎞) |
細迫海気(社3) |
1時間12分49秒 |
10位 |
8位 |
6区(20.8㎞) |
武田和馬(社2) |
59分19秒 |
5位 |
5位 |
7区(21.3㎞) |
宮岡幸大(スポ2) |
1時間03分46秒 |
8位 |
6位 |
8区(21.4㎞) |
宗像直輝(社3) |
1時間04分16秒 |
区間賞 |
5位 |
9区(23.1㎞) |
中園慎太朗(社4) |
1時間08分46秒 |
5位 |
5位 |
10区(23.0㎞) |
高須賀大勢(生命科3) |
1時間10分29秒 |
13位 |
7位 |
選手インタビュー
松永伶(1区:区間3位)
─今回のチーム結果を振り返っていただいていかがでしたか
目標の5位というところまであと10秒で、みんなミスなくつなげることができて、比較的いい結果ではあったと思います。
─今回の個人としての結果はいかがでしたか
個人は区間3位ということで、(六郷橋の)上りで遅れてしまったんですけど、なんとか巻き返すことができました。ただ良くも悪くも遅れてしまったので、そこはこれからの課題かなと思います。
─1区起用が伝えられたのはいつ頃ですか
上尾ハーフがあった11月の中旬が終わって、もう1区は決まっていました。
─当日のレースプランは何か考えていましたか
当日は坪田監督に「集団でとにかく我慢して、誰かが飛び出しても集団でいよう」ということは言われました。
─他の大学でマークしていた選手はいましたか
今回区間賞を取った明治大学の富田先輩とスタート前に一緒に話していて、意識はしていました。
─序盤で関東学生連合の新田選手が飛び出しましたが、その時の心境はいかがでしたか
学生連合ということもあって、青学だったり、順大だったり、他の強豪校を見ていると飛び出していなかったので、そこは慌てず自分のペースで集団につきました。
─六郷橋付近で1度集団の後ろの方に行きましたが、その時の心境はいかがでしたか
足が止まってしまって、正直少し焦った部分はあったんですけど、残りまだ5km以上あるので、とにかく上りで足を使いすぎないようにというのは考えました。
─集団の前の方に再び追いついたのはどの辺りでしたか
ラスト1.2kmぐらいまでは離れていたんですけど、そこから徐々に上げていって、ラスト800mになってもまだ周りがスパートをしていなくて、そこからはトラックラスト2周と同じ距離なので、そこで上げました。
─集団に追いついた時は余裕は残っていましたか
六郷橋からラスト1km付近まで力は溜めていたので、ラストスパートを出すことはできました。
─内田選手とのたすき渡しの際には、何か言葉は交わしましたか
「よくやった」と言ってもらえて、僕も「お願いします」と伝えました。
─その後2区以降のレースは、どのような気持ちでご覧になっていましたか
2、3、4区と頼りになる4年生が走るということで、すごく信頼はしていました。
─来シーズンの目標をお願いします
関東インカレの10000mと5000m、両方で入賞ということと、まずは全日本予選を通過して、三大駅伝で1つでも区間賞を取りたいと思います。
─最後にファンの方に向けてメッセージをお願いします
今年がラストイヤーになるので、悔いのない1年になるように、他大のエースに並べる力をつけたいと思います。
内田隼太(2区:区間8位)
―総合7位という結果について
『総合5位』を目標にしていたので、悔しい気持ちあります。ですが往路で粘ることができ、復路で勝負をして一時は3位集団で戦うことができました。最終的に5位と10秒差でゴールできていたので、来季以降につながる良いレースができたと思います。
―2区での走りを振り返って
11月まで試合に出ていて良い状態でしたが、12月に入って脚の状態が良くなく、自分の思い通りの練習はできていませんでした。箱根駅伝までに調整して、合わせることはできましたが、あまり良い状態ではなかったです。その中でも他大のエースに遅れを取らないような位置でたすきを渡そうという目標で走り、その目標通りの走りができました。今の状態を加味した上で、100点で走ることができたと思います。
―脚の状態は具体的には
左のハムストリングスに違和感があり、力が入りづらく、つるような感覚がありました。トップスピードで走ることもできずに、違和感を抱えたまま走っていたので、思い通りの練習はできていませんでした。
―2区ではなく他の区間に回る選択肢は
それはなかったです。2区は自分が走らないといけないと感じていましたし、今の状態の中でどう走ることができるかということを考えていました
―松永選手の好走は予想通りだった
最初は集団がスローペースということもあり、先頭と秒差で来るだろうなと思っていました。良い位置で渡してくれたと思っていたので、それは予想通りでした。松永も今回は『総合5位』を掲げている中で、責任感を持って良い位置で持ってこようと意識して走ってくれたのではないかと思います。
―自身のレースプランは
2区はエース級の選手がそろっていたので、最初から飛ばしてくるなとは思っていましたが、脚の状態も加味して、速いペースには流されないようにしました。23kmでまとめられるペースで押していき、順位をあまり下げずに、良い位置でたすきを渡せるようにと思い走りました。
―事前取材では1時間6分台や法大記録(1時間7分11秒)も狙うということでした
10km通過くらいでは、狙えるかなと思っていましたが、それ以降は脚に違和感がある中で走っていました。タイムは頭にありましたが、そこで無理して行くのではなく、今の自分が出せるベストの走りをして3区の川上(有生)にたすきをつなぐということを意識していました。
―印象に残っている監督のかけ声は
5km通過、10km通過辺りでは「良いペースで来てるから」というポジティブな言葉でした。ラストは「エースなんだから出し切って終われ」という声かけをしてくれました
―監督からの言葉は力になりましたか
ラストの3kmはコースもすごくきついところなので、監督の声かけは励みになりました。
―給水を担当したのは
10kmが2年生の安澤(駿空)で、15kmが同期の池田(一貴)にお願いしました。安澤は高校が一緒というのもありますが、今季はすごく練習ができていて、エントリーメンバー17番目の選手だったと思います。来年の箱根駅伝では、主力として走ってほしいなという意味があり選びました。池田は同期としてずっと一緒に練習してきた仲だったので、お願いしました。
―どのような声かけを
安澤は「楽しんで頑張ってください」ということで、池田は「4年間ありがとう」という声かけをしてくれました。
―今大会は沿道での観戦も解禁され多くの観衆がつめかけました
ものすごい人がいました。僕は横須賀出身でほとんど地元でもあるので、友達や担任の先生など多くの人たちが沿道に駆けつけて応援してくれました。僕も少し気付くことができたので、そういったことは本当に力になりました。
―自身がたすきを渡した後の往路の走りはどう見ていたか
松本(康汰)と小泉(樹)が走れない状態になってしまったのですが、坪田監督はできれば使いたかったのではないかと思います。その中で川上と扇(育)がチームの穴になった部分を埋めてくれました。4年生がそういったところを担ってくれたおかげで、今回の結果につながったと思います。細迫(海気)も去年の課題を克服して走ってくれたので、3人とも頑張ってくれたと思います。
―復路を振り返って
8位で往路が終わっても、総合5番を狙えるということは感じていたので、川上や扇が往路に回っても復路の選手が活躍してくれたことは、チームの層が厚くなったことの証でもあります。チームの状態を表す上でも、良い結果だったと思います。
―7区の宮岡(幸大)選手の給水もされました
青学が後ろにいましたが、10km地点で差が変わっておらず、少し開いていたので「追いつけてなくて、離れてるぞ」ということ上尾ハーフでもしっかり走れていたので、「自信持って走れ」ということを伝えました。
―8区の宗像(直輝)選手の区間賞を振り返って
宗像は本当によく走ってくれたと思います。宗像をはじめ、復路の選手がしっかり走ってくれたことで、今回の結果があると思います。8区で勢いをつけることができたからこそ、中園(真太朗)と高須賀(大勢)もしっかり走れたと思うので、良い走りをしてくれたと思っています。1、2年生のときに走ることができずに悔しい思いをしていたと思いますが、今回は走ってくれたので、来年は4年生としてチームの中心でさらに良い走りを期待したいと思います。
―4年生に向けてメッセージを
今回の7番という結果は多くの人が支えて下さったり、チーム全員が頑張ったからだと思います。その中でも僕は主将ではありましたが、4年生が中心となって作り上げたチームだと思っているので、僕と一緒にチームを作ってくれて嬉しいなと思います。4年間を通しては、力のある選手が集まっていたので、そういった選手たちと切磋琢磨して練習に取り組んだことで、今の競技成績というのもあると思います。つらいときに支えにもなってくれましたし、この4年間のチームメイトには感謝しています。
―主将として1年を振り返って
競技だけで見れば4年間やり切ったと思いますし、悔いなくやれることは全てやれたと思っています。ですが主将としては、思い通りにいかなかったことが多いと言いますか…。チームのためにしてあげられず、納得がいくようなことはできませんでしたが、チームメイトが協力して付いてきてくれたおかげで、今回7番という結果で終わることができたと思います。今年1年間で得られたものは大きいので、このような経験は卒業しても生かしていければいいなと思います。
―未来を担う後輩たちへ
『総合5位』を目指して7番という結果は、全員が悔しい思いをしていると思いますし、ここで終わることはできないと誰もが思っていると思います。そうはいっても4年生にもうチャンスはないので、後輩たちにより上の順位に引き上げてもらいたいと思います。来年度の目標はどうなるか分かりませんが、5番の後は3番、そのあとは優勝、というように箱根駅伝といえば法政と言われるようなチーム作りを期待しています。今後はOBとして応援していきたいと思っているので、ぜひ目標のために頑張っていってほしいなと思います。
―応援してくださった方にメッセージを
2日間チームに関わってくれた方、沿道やテレビの前で応援してくださった方、全ての方々のおかげで7番という成績を残すことができたと思っています。また、この2日間だけではなく、日ごろから1年間通して、ご支援ご協力をしていただいているおかげで、今回の結果につながっていると思っていますので、改めて感謝を申し上げたいと思います。今後も今以上の結果を求めて、さらに強い法政大学を実現できるよう後輩たちが頑張っていくと思うので、今後とも変わらず応援してほしいなと思っています。
(取材・大井涼平)
川上有生(3区:13位)
ー大会を終えて現在の率直な気持ちは
個人のことは置いておいて、総合5位を目標にしてきた中で5位と10秒差の7位になってしまったので、目標を達成できなかったことに対してすごく悔しい思いがあります。
ー当日変更で出走されました
12月29日の時に、当日変更で3区を走ることを坪田さんから言われたので、走る準備はしていました。
ー昨年は10区を走っていました。3区にエントリーされた時はどのように感じましたか
3区を走る予定だった選手のコンディションが上がってこないということで僕が走ることになり、往路と復路は展開や最初の5kmの入り方が変わってくるので、往路に向けた気持ちの切り替えは少し必要でした。
ー主将・内田選手からたすきをもらいました
内田は1年生の頃苦労していた部分があったと思います。4年目でエース・花の2区を走り、良い位置で持ってきてくれて、僕も嬉しい気持ちになりました。
ー法政の後ろで7秒間の間に5校がひしめき合う状況でした 後ろから追われる展開については
順大や東国大が来ることは分かっていたので、あまり突っ込みすぎず自分のペースで走ることを意識していました。
ー給水では現在アナウンサーをやっていらっしゃるOBの平野康太郎(=令3年度卒)さんを選ばれました
2、3年目の時にどちらも平野さんにやってもらっていて、「来年もやりたいな」と去年言っていたので、給水を決めるタイミングで坪田さんに「OBの方でも大丈夫なのか」と確認しました。ルール的に大丈夫なら良いと言われたので、平野さんにお願いしました。
ー扇選手とのたすきリレーでは「ごめん」と謝るような仕草をされていました
坪田さんからも「順大や創価大あたりまではいけるから」と言われていたので、その辺りまでは持っていって育に渡したいと思っていました。ですがラストで行けなかったので、そういった意味もあってごめんという仕草になったのだと思います。ただ直接ではごめんと言わず、「行け」と言った気がします。
ーもともと3区にエントリーされていた松本(康汰)選手と何かお話はされましたか
康汰は昨年も当日変更になり、今年も走れないということになったので悔しい思いだったと思います。昨年僕が走った時に康汰の時計を借りて走っていたので、今年も借りて走りました。その時に「俺の分も頼むよ」と言われたので、「任せろ」と伝えて走りました。
ー11月から全体の練習に参加されたとのことでした。焦りなどはありましたか
焦っている部分というのはありましたし、ちゃんと戻ってくるのかごく不安でした。ただ、上尾ハーフでしっかり走ることができたことが気持ちの面でも体の面でも自信になりました。だからこそ12月はある程度自信を持って練習することができていました。
ー励みになるとお話しされていたご家族の応援には気づきましたか
母と母の兄弟たちで来ていました。父は仕事で、兄は国家試験があって来られなかったのですが、2人とも「応援してるから」と言ったような連絡をくれました。直接は来られなかったですが、しっかりメッセージをもらった分も走れたと思います。沿道にいた母たちについては、走っている時は気がつけませんでしたが、中継所に4人で来てくれたので、そこで会って話すことができました。
ー監督からの声かけで印象に残っていることはありますか
走る時ではないのですが、2、3日前くらいに僕がすごく緊張していて。それを誰かから坪田さんが聞いたのかもしれないんですけど、練習からあがるタイミングで「めちゃめちゃ緊張しているのか」と言われたので、「してますよ4年目ですから」と答えました。それから「4年目は緊張するけど…」と坪田さんが4年生だった頃のお話をしてくれました。最後は「しっかり4年間トータルで練習してきているから、自信を持ってスタートラインに立って、区間賞を取れとは言っていないから区間5、6、7番あたりでしっかり育につないでほしい」と言葉をもらいました。
ー帰省したらやりたいことはありますか
昨年の夏に免許の本免試験だけ受けに帰っていいということを坪田さんが言ってくださったので、一度帰らせていただきました。ですが僕落ちまして(笑)。父に全然報告していないかったので、落ちていてすみませんということと、今から取りますということを言いたいです。ここでも報告させてもらいます(笑)。
ー免許を取ったらやりたいことや行きたいところはありますか
僕は来年から実業団に行くのですが、拠点となるのが新潟で、そこでは日常生活の中で車が必要になるので取りたいです。また、北陸の福井などは行ったことがないので、車で行ってみたいなと思っています。
ー4年生はどのような学年でしたか
みんな4年生になってからとかではなく、2年生くらいの頃から言葉というより走りでチームを引っ張っていきたいと話していました。走りで引っ張るというのはずっとできていると思うのですが、4年生になってから走りの部分だけでなく言葉や態度でしっかりやっていこうというのを内田や中園を中心に話していました。その部分を意識したことでチームがまとまり、良いチームになったのではないかと思っています。
ー今年からは実業団に進みます
僕が進む実業団は3年くらいニューイヤー駅伝に出場できていないので、『自分がチームを変えてやる』くらいの気持ちで練習に取り組み、先輩や同期、法政の関係者の方と一緒に走れるようにしていきたいと考えています。
ー後輩へのメッセージを
陸上とは関係ないのですが、みんな優しくて良い子たちなのでみんなに箱根駅伝を走ってほしいという気持ちがあります。ですが現実的にそれはできないので、この1年みんなで切磋琢磨して目標を達成し、僕たちができなかった分本当の意味で笑顔で終わってほしいと思っています。
(取材・芦川有)
扇育(4区:7位)
―7位という結果を振り返って
目標は5位だったので、それに届かず悔しい想いはありますが、それぞれ自分の走りをしていたので、良かったのかなとは思います。
―4区での走りを振り返って
10位でもらいシード権ギリギリだったので、順位を少しでも上げようと思って走り出しました。結果的に2つ上げることはできましたが、もっと上げることができたと思っています。少し悔しい部分がありました。
―当日変更で走りました
4区に入ることは決まっていたので、心の準備はできていました。
―希望区間には9区を挙げていました
9区を走りたかったので、4区と言われたときは少し悔しかったです。ですが選ばれたからには、その区間で自分の仕事をしないといけないので、切り替えて自分ができる最大限の走りをしようと思っていました。
―10位でもらうことは想定内でしたか
調子が良かったので、良い流れでくることは分かっていました。その予想通り良い形で来てくれたので、この流れを崩すことなく走ろうと思いました。
―当日のコンディションは
アップのときから脚が動くなと感じていました。走り始めてからも、調子が良い感覚がありました。ですが最後は体が動かずきつかったですね。
―ついにつかんだ箱根路。走っているときにはどのようなな思いが
ずっと目標にしていた舞台だったので、走れてよかったなと思いました。沿道には人も多くて、「やっぱり箱根駅伝はすごいな」と思いました。
―坪田監督からどのような言葉が
ラスト3kmは「お前が一番この4年間苦しんできたんだから、その想いをここにぶつけろ」と言われたことが印象に残っています。苦しい想いをずっとしてきたので、その想いを最後ぶつけることができたと思います。
―4区のタイムは法大記録を更新しました
記録更新は最初から考えていて、監督からも「最低限タイムは更新してこい」という言葉を受けました。想定タイムよりは遅れてしまいましたが、法政大学記録は更新できたので、良かったです。
―給水は松本一晟選手と小茂田勁志選手でした
松本のときは前に集団がいたので、「追いついて一緒に行け」ということを言ってもらいましたが、15kmの小茂田のところでは自分がきつすぎて、何を言われたか覚えていないです(笑)。
―細迫選手にたすきを渡すときどのような言葉を
「後は頼んだ」という言葉をかけました。聞こえていたかは分かりませんが(笑)。
―復路の選手の走りは
6区の武田(和馬)が目標の5位まで上げてくれて、このまま順位をキープしていってほしいと思っていました。それぞれが自分の走りをして一時は3位争いまでして、みんなすごいなと思いました。
―後輩に向けてメッセージを
これから苦しいこともいっぱいあると思いますが、それに負けずに、箱根駅伝では今年以上の結果を残してもらえるように頑張ってほしいなと思います。
―応援してくださった方にメッセージを
2日間応援ありがとうございました。目標の『総合5位』は達成できませんでしたが、一人一人が自分の走りをして7位という結果だったので、満足はしていませんが良かったのかなと思います。本当に応援ありがとうございました。
(取材・大井涼平)
細迫海気(5区:10位)
ーチームとして総合7位でした
自分たちが目指していたのは総合5位だったという部分で、それもあと少しで手が届くところだったので悔しい気持ちが強いです。
ー出走を告げられたタイミングは
12月31日です。その時、監督からは最低でも72分台で走ってこいと、欲を言えば72分台前半で走れればなお良いというふうに言われました。
ー試合前、髙橋一颯選手とはどんな話を
髙橋はずっと自分が走ると決まってからも付き添いとして隣に居てくれましたし、髙橋自身も悔しいはずなのにそういった気持ちを自分に見せることなく自分の付き添いに徹してくれたので、とてもありがたかったです。そのおかげで自分自身、集中してレースに望むことができました。
ー今大会で見つかった課題は
法政は大きなミスなくたすきをつなげたと思うんですけど、他の大学さんもレベルが高く全体としてミスが少ない大会という印象でした。そこで、ミス待ちの駅伝ではなく自分たちが良い位置でつなぐのはもちろん、1人がミスをしても取り返せるようなゲームチェンジャー的存在がいるのといないとでは大きな違いかなと思いました。また、自分の区間で順大さんと早大さんが見える位置でゴールしていれば、6区の武田ももう少し楽に走れたと思うので、その部分が課題であると感じました。
ー自身の走りを振り返って
今回は経験を買われての出走だったと思うのでとにかく焦ることなく、前半は落ち着いて走って後半は上げていくイメージで臨みました。直前の調子も良かったので上りにも自信がありました。実際、15km地点までは余裕を持って走れましたが、最後下りが終わってからのラスト3km平坦な道で脚が動かなかったのが悔やまれる点です。総括して自分が完全に納得できる内容ではなかったのかなと思います。
ー同区間で昨年よりタイムを1分44秒縮めました
自分の中で昨年のタイムは越えることは絶対条件でした。前回大会が終わってから箱根の5区でリベンジをするために練習してきた中での結果が今大会の前半、上りのところを良いリズム、区間順位という形で出たのは自信になりました。しかし最後の下りと平坦な道は納得できるものではなかったので、その部分は来年に向けての課題かなと思います。
ー来年も5区を走りたい気持ちは
5区の候補は髙橋もいるので、チーム状況として自分がどの区間に配置されるかはわからない部分ではあるんですけど、自分が平地に回されることがなければまた来年も5区でリベンジしたいと思います。
ーMVPを挙げるなら
自分としては復路の選手全員にMVPを挙げたいくらい助けられたんですけど、強いて言うなら6区で順位を5位まで押し上げてくれた武田です。また、3位が見える位置まで持っていった宗像にもMVPを上げたいです。
ー世羅高時代のチームメイト、中大・中野翔太選手の区間賞について
正直、映像を見れてはないんですけど5区のウォーミングアップ中に中野の区間賞を知りました。レース後、芦ノ湖に中野がいたので、話したり、写真を撮ったりしました。先頭で貰ったたすきを順位をキープしつつ1人で走れる強さがあって、本当に強いなという印象を受けました。
ー今年は全日本大学駅伝への出場も期待されます
今年は出雲、来年の箱根と三大駅伝すべてに出場するチャンスがある中です。冬しっかり練習を積んで6月の全日本予選通過を目標にチーム全員で頑張っていきまたいと思います。
ー来季の注目選手は
自分は最終学年となる中で箱根をまた走りたいとは思っていますが、その中でやっぱり5区候補の髙橋一颯を注目選手に挙げたいです。彼は本当に夏以降伸びてきた選手で、共に競い合ってきた良きライバルです。来年も彼と勝負することになりますが、自分が2年連続で5区を走った経験を彼に、そしてチームに還元したいと思います。『山の法政』を体現できるメンバーの一人だと思うので、髙橋は来季の注目選手、また期待する選手です。
ー地元・広島には帰られますか
帰ります。帰るのは久しぶりですし、地元で中大の中野であったり、高校の同期とご飯に行く機会もあるので楽しみです。オフで身体を休めつつ、来季に向けてのいいリフレッシュになるといいなと思います。
ー最終学年となる今年の抱負
具体的な目標は決まっていませんが、箱根での総合5位以内を達成出来ていない中で、その目標により近づけるチームにしていきたいです。また、自分は最終学年となるので冬にけがなく練習を積んで、実際にレースで結果を残せるようこの1年頑張って生きたいと思います。
ーファンの皆さまへ
まずは2日間、法政大学への応援をありがとうございました。テレビで応援していただいた方々、実際に沿道で応援してくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。今年、自分は最終学年としてチームを引っ張っていく存在になりますので、今後とも応援よろしくお願いします。
(取材・嘉藤大太)
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