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【ラグビー】独占!法大ラグビー部OBインタビュー①・根塚洸雅選手 前編 /「一人でやる」から「人に頼る」へ

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【ラグビー】独占!法大ラグビー部OBインタビュー①・根塚洸雅選手 前編 /「一人でやる」から「人に頼る」へ

 

 まもなく開幕する関東大学ラグビー秋季リーグ戦を前に、法大ラグビー部OBで、現在もトップレベルで活躍する選手4名にインタビューを行った。大学時代の思い出や、卒業後の歩み、現在のラグビーへの思いを聞き、現役部員へエールを送ってもらった。全6回にわたって、4選手それぞれの言葉をお届けする。

第1弾は、クボタスピアーズ船橋・東京ベイでWTBとして活躍する根塚洸雅選手。

(以下、画像提供:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)

根塚選手にとって法政大学で過ごした4年間は、ラグビーだけでなく、一人の人間として大きく成長した時間だった。法政を選んだ理由について根塚選手は、

「2つ上の兄貴(根塚聖冴選手、現在:栃木ホンダヒート)が法政に入っていた影響が大きかった。」

と振り返る。関東でラグビーをしてみたいという思いもあり、兄と同じ大学でプレーする道を選んだ(根塚選手は兵庫県出身)。

入学当初は「負けたくない」という気持ちが強かった。関西から初めて関東へ出てきたということもあり、先輩に対しても「舐められたくない」という思いを抱いていたという。

「先輩からしたら、なんでこいつこんな可愛げないんやろうとは思われてたかもしれないですけど(笑)。」

そう語ってくれた根塚選手だが、試合に出るようになると、先輩たちとも立場を超えてラグビーについて語り合うようになり、関係は次第に深まっていったという。

大学時代、特に強く記憶に残っている試合が2戦ある。1つ目は1年時の東海大戦(2017年9月24日)だ。東海大仰星高校という、東海大学の付属校に通っていた根塚選手にとって、より一層力の入る試合となった。自身が先制トライを挙げたものの、試合は大差で敗戦。

「こんなに差があるんやって改めて感じたのはその試合で、そこからより頑張らなあかんなって思わされました。」

全国レベルの強さを思い知らされた一戦となった。

2つ目は4年時の日大戦(2020年10月31日)だ。この年は新型コロナウイルスの影響で十分な練習ができずに、直前まで試合ができるかどうかの瀬戸際に立たされていた。

「僕ら4年生は日大に勝つか負けるかで、 3位、 4位が決まるっていう状況もあって、結構ライバル視していました。あいつらに負けたくないみたいな感じで。その中で、1週間後に試合なのにグラウンドに一切立っちゃダメって言われて。」

これがコロナ禍の難しさだった。監督やコーチ陣からは練習不足による怪我の危険性を考慮し、棄権の意向を伝えられたという。しかし、根塚選手はチーム内のリーダー陣と話し合いを行った。主将としてチームを背負っていた根塚選手だったが、そこで仲間たちが口をそろえて話したのが「やる」の一言だった。試合には敗れたものの、「ラグビーでつながっている」と強く感じた瞬間だったという。

コロナ禍での主将という責任は想像以上に大きいものだった。4年生としてラストイヤーが始動してまもなく、春から夏は学生寮での密集を避けるため、帰省することが指示された。練習すらできない日々が続いた。

「春から夏まで練習できへんのにキャプテンやらされて、何をどうまとめたらいいんやろうみたいなのはめっちゃ悩んだなと思います。」

主将として「自分がやらなければ」と一人で抱え込んでいた根塚選手は、次第に仲間を頼るようになった。周囲に相談することで、自分にはなかった視点に気づき、「いろんな視点を取り入れないと」と考えるようになったという。

実際に、ナイキのランニングアプリで、走った距離やスピードを互いに確認したり、Zoomで一緒に試合を見ながら、学びにつながる点を話し合ったりと、できることが増えていった。

 

転機の一つが、仲間たちと通った八王子のスナック「ライカ」だった。当時は大学卒業後の進路によって、ラグビーの向き合い方に差を感じ、仲間と距離を置いていた。

「僕も結構頑固だったので、一人でやろうみたいな。正直みんなラグビーのことなんか考えてないだろうって思ってて。みんながライカ行ってる間に、自主練してやるみたいな感じの気持ちになってました。」

しかし、一度お店に足を運ぶと、そこで仲間たちが酒を飲みながら試合映像を見て、ラグビーについて語り合っている姿を目にする。

「みんなこんな中、やっぱ真剣にラグビー考えてたんやって、めっちゃ泣いたんは覚えてます、初めてライカ行ったとき。」

帰りに寄った公園で涙を流したほど、仲間の存在がうれしかった。

「なんでもっと早く来なかったんやろう」と思ったというその場所は、今でも大学時代の仲間との思い出の場として心に残っている。

 

大学4年間を通して身についたものを、根塚選手は「コミュニケーション力」と語る。関西から出てきて、異なる環境やさまざまな人と接する中で、ラグビー以外の場でも、さまざまな人と積極的に関わるようになった。そして今も、大学時代の仲間とつながり続けている。リーグワンの舞台で対戦相手として戦ったり、最近は結婚式に呼ばれて会ったりする場面も増えてきているという。久しぶりに仲間と再会できた近況を、笑顔で語ってくれた。

第2弾の後編では、現在のプロラグビー選手としての生活に迫り、法大での経験がどのように現在に生きているのかを伺う。

 

【こぼれ話】

Q, 思い出の場所スナック「ライカ」について

A, みんなで最後卒業する時に、全員自分のサインを考えて書いたんです。今リーグワンで使ってるサインじゃなくて、そのとき即興で考えたたぶん世界に1つだけしかないサインがそこにあって。それも思い出の1つになっています。

Q, 関西と関東のギャップについて

A, 最初こっち(関東)に出てきた時は、なんかわけわからんボケみたいなのを言った時に、関西同士だとここでツッコミ欲しいなって気持ちがありながらボケるんですよ(笑)。それで初めて法政行った時に、俺がボケて、どんな感じでツッコまれるんやろなと思ったらボケ返されて、おお!?みたいな(笑)。めっちゃ戸惑ったのは覚えてます。あ、こっちはそういう感じのノリなんやみたいな(笑)。

 

根塚 洸雅(ねづか・こうが)
生年月日:1998年9月15日生まれ
身長/体重:173㎝/82㎏
学部:経済学部経済学科(2020年度卒)
経歴:東海大仰星高校→法政大学→クボタスピアーズ船橋・東京ベイ

(取材:堀川風和里)

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