【ラグビー】独占!法大ラグビー部OBインタビュー③・山下憲太選手/「無駄じゃなかった」ポジション転向が生んだ新たな武器
まもなく開幕する関東大学ラグビー秋季リーグ戦を前に、法大ラグビー部OBで、現在もトップレベルで活躍する4名にインタビューを行った。大学時代の思い出や、卒業後の歩み、現在のラグビーへの思いを聞き、現役部員へエールを送ってもらった。全6回にわたって、4選手それぞれの言葉をお届けする。
まもなく開幕する関東大学ラグビー秋季リーグ戦を前に、法大ラグビー部OBで、現在もトップレベルで活躍する4名にインタビューを行った。大学時代の思い出や、卒業後の歩み、現在のラグビーへの思いを聞き、現役部員へエールを送ってもらった。全6回にわたって、4選手それぞれの言葉をお届けする。
今回は第3弾、現在、静岡ブルーレヴズで社員選手としてプレーする山下憲太選手にお話を伺った。
午前に練習、午後に仕事という生活を送りながら、社員選手としてリーグワンという日本最高峰の舞台で活躍する山下憲太選手。山下選手の所属する静岡ブルーレヴズは、今回取材した4選手の所属チームの中でも珍しく、シーズン中も社業に携わることが求められるチームだ。
器用に仕事と両立しながらラグビーを続ける山下選手のこれまでを振り返ると、法政での4年間、そして社会人になってからのポジション転向という経験が、現在の自身を形作っている。

(以下、画像提供:静岡ブルーレヴズ)
法政大学への進学を決めたのは、高校時代に参加したセレクションがきっかけだった。「ラグビーが強い大学に行きたい」という思いを持っていた中、高校の監督から声をかけられ、法政大学ラグビー部のセレクションへ。「どんどん法政の魅力に惹かれ、法政に行きたいなと思うようになった」と進学を決めた。
長崎から上京し、初めての寮生活。人見知りだったという山下選手にとって、不安は大きかった。
「新しく友達を作るのとか結構苦手なタイプだったので。長崎を出て東京に行くっていうのは、不安と緊張でいっぱいでした。」
さらに、1~4年生が同じ部屋で生活する縦割りの寮では、生活し始めた当初は緊張感も感じていたという。
「1つ学年が違うだけですごく大人に見えたし、4年生なんて、体も大きいし強いし、もう神様みたいな存在に見えました。」
そう語る山下選手が、今だからこそ法政時代の自分に言えるアドバイスは、「もっと広く交友関係を持て」ということだった。
当時は普段から常に生活を共にしている仲間の中にいると居心地がよく、日中の学校にいる時間でもずっとラグビー部で固まっていたという山下選手。
「ラグビー部の仲間といると、集まっているだけで威圧感があるし、周りからは話しかけずらかったと思います。でも今になって、部活以外の交友関係も広げておけばよかったなと思いますね。」
そんな環境の中で4年間を過ごし、山下選手が法政大学での自身の成長として挙げたのは「人間性」だった。
「長崎っていう田舎の片隅から出てきて、初めていろんな人と深く関わりを持つようになって。いろんな人の考えがあるんだなと思ったり、自分の考えは本当に正しいのかなと思ったり。」
異なる価値観を持つ仲間との生活が、自身の視野を広げた。
一方で、大学2年時には脳震盪を経験し、約2カ月間、ラグビーから離れることになった。
「初めて大きな怪我をして、練習を休んで、試合に出られない期間が長かったので、そこは結構苦しかったなと思います。」
「チームがラグビーやってるのを見て、すごくもどかしいというか、悔しい気持ちだったのはめっちゃ覚えてますね。」
大好きな先輩たちと共に選手権を目指していたからこそ、重要な試合に出られなかった悔しさは今も記憶に残っている。

大学時代のベストゲームには、3年時の東海大戦を挙げた。敗戦した試合ではあったが、
「本当に個人的にいっぱいタックルできて。ボールキャリーもして活躍できた試合だったなっていうので、すごく覚えています。」
と振り返る。
「自分の中でのベストゲームです」と笑顔を見せた。
大学卒業後、山下選手は大きな転機を迎える。フランカー一筋だった大学時代から、社会人ではフッカーに転向。その後、現在の左プロップへとポジションを変えた。静岡ブルーレヴズのトライアウトを受ける際にフッカーへの転向を告げられたが、「このチームに入れるならっていう一つ返事で」と挑戦を決めた。
しかし、フッカーとして過ごした2年間は苦難の連続だった。
「フッカー時代は暗黒期というか、本当に無駄にしたなっていう感覚はありましたね。」
試合に出られるイメージがなかなか湧かず、自分のしていることに対して悩むことも多かったという。
それでも、その経験は決して無駄ではなかった。現在は左プロップとして試合に出場し、スクラムを武器の一つとしている。
「スクラムって一人で組むものじゃなくて、横とのつながり、後ろとのつながりを使って8人で組む作品みたいな感じなので、フッカーの気持ちを2年間の経験を通して知れているのは大きいのかなと思います。」
山下選手の中での苦しかった時間が、今のプレーを支える糧へと変わったという。
「2番(フッカー)してた時に1番(プロップ)にどうして欲しかったかなとか、どういう組み方で横にいて欲しかったかなっていうのを意外と覚えてるもので、もっとこうした方が2番は喜ぶんじゃないかなとか、そういう考えを常にしていたら、どんどん自分の型というか、うまくいくようになってきたので。今考えると無駄じゃなかったなとは思います。」
そして、これまで好きなプレーはタックルだけだと言い続けていた山下選手は、
「今はもうスクラムが大好きですね。」
と語る。フランカー時代から培ってきたタックルは、プロップとなった今でも自身の強みだ。
「ラグビーというスポーツは15人で攻撃して、15人で守らなきゃいけない。全員が走らなきゃいけないスポーツ」と語る山下選手は、スクラムだけでなく、「自分の強みであるタックルを付加価値として出していきたい」と語気を強める。
山下選手をプロの舞台へ導いたのは、法政時代の先輩であった。トライアウトへの参加を一度断られた際も、「本当にすごいやつなんで」と推薦してくれた先輩の後押しで挑戦の機会を得た。
「本当に人生を変える大先輩ですね。」
その出会いが、現在へと続く道を切り開いた。

社会人の舞台に進んで感じたのは、ラグビーへの「取り組む姿勢」の違いだという。
「誰からもやれって言われていないものなのに、自分で選んでやっている。その特別な思いがチームメイトそれぞれにあって、その個々の気持ちが集まったのがチームだと思っているので。」
家族との時間を削ってでもラグビーに向き合う選手たちの思いが集まるからこそ、チームの熱量が生まれる。そこが、これまでの高校・大学生活よりさらに感じるところだという。
チームに対する責任感にも変化があった。
「今までは怪我をしたら自分だけの責任で、自分にしかその不利益はないと思っていたんですけど。試合に出させていただいてる身として、自分が怪我することによって、チームが負けちゃったりとか、そういうところを見ると、自分だけのものじゃないっていう強い責任感みたいなものが生まれました。」
自分の体はチームのためにある、と語る山下選手は、練習前後のストレッチやケアを欠かさない。日頃の体の使い方から意識するように、考えが大きく変化したという。
28歳となり、同世代の選手の中に現役を引退する仲間が出始める中で、山下選手の今季の目標を尋ねると、答えは明快だった。
「何年後とか言わずに、もう今年、優勝したいですね。」
法政大学への進学を考える高校生には、「もし不安なことがあっても、あまり心配せずに飛び込んでみてほしい」と伝える。
「人工芝のグラウンドもあって、ウエイト場もあって、寮もあって、それが全部自転車一つで完結するし、あの坂で足も鍛えられるので(笑)。本当にいい環境でラグビーができると思うし、いい仲間に出会えると思う。」
と母校の魅力を語りつつ、
「坂がきつかった際には、ぜひ、うちのヤマハ電動自転車をお願いします(笑)」
と笑顔を見せた。
そして、秋のリーグ戦に挑む後輩たちへ、OBとして熱い言葉を送った。
「周りは結構強い大学が多いですけど、法政がノった時の爆発力は、一番光るものがあると思っているので、熱い法政魂を持って、あの攻撃的なラグビーを期待しています。」
最後に残した言葉は、現役部員への期待そのものだった。
「目指せ!リーグ戦優勝!」
山下 憲太(やました・けんた)
生年月日:1999年2月4日生まれ
身長/体重:177㎝/111㎏
学部:社会学部社会学科(2020年度卒)
経歴:海星高校→法政大学→静岡ブルーレヴズ
(取材:堀川風和里)